1章:調査・廃ビル
依頼人の女性が帰った後、話しかけてくる声に耳を傾ける。
「さてさて…早速、事件が舞い込んできたな?…どうする?」
…全く…舞い込んできたもなにも…お前の仕込みじゃないのか?
…と、そんなことを考えても何にもなら無いな…。
「まぁ、そういうことだ…で、あんたはどう思うんだ?」
さぁな。
行方不明者が出ただけなら、警察に任せるのが一番手っ取り早いんだが、
わざわざ、こんな事務所まで訪れたんだからな…一言で言えば…藁にもすがる思いってやつか?
「だろうな」
女性が話したことを要約するなら、
「婚約者が例の廃ビルの付近での目撃を最後に行方不明になった」
「警察に掛け合い、捜索をしたが、行方不明になった形跡は見つからなかった」
「最後の目撃情報の少し前に、女性に婚約者からのメールが入った」
…最後のメール…って言うのがちょっと引っかかるな。
メールの内容は…律儀にも、携帯に送られたメールをプリントアウトして持ってくるとはね…。
結構、几帳面な性格なのか…あの女性は。
『今、隣街の廃ビル近くにいるんだが、トラブルに巻き込まれた…今日は帰れそうに無い』
…との事だ。
たったコレだけの文章を…プリントアウト…ねぇ…ご苦労なこった。
「…で…どう思う?」
う〜ん…わからんね。
証拠らしい証拠が、このメールだけじゃあね。
…てか、お前…この廃ビルの事何か知っているんじゃないのか?
「まぁな…あの変は、僕の縄張りの一部だし、仲間もあの辺りをウロウロとしているし」
…だと、思ったぜ…行方不明になった直前と直後のことだって…本当は知っているんじゃないのか?
「ははっ、いくらなんでも、僕の持つアンテナはそこまで優秀じゃあない。
まぁ、仮に知っていたとしても…すぐに、あんたに教えると思うかい?」
…まぁ、いつものお前なら、散々引っ掻き回すよな…全く。
とりあえず…現場に行ってみるしか手立ては無いのか…やれやれだ…。
お前は、今回はついて来るのか?
「僕?…あんた…廃ビルの場所って知っているかい?
知らないんなら、そこまでの案内役としてついて行ってもいいけど?」
そうだな…おおよその場所くらいは聞いたことあるけど…正確な場所は知らないしな。
お前のことだし…現場に着いたら、さっさと姿をくらまして傍観者を気取る気だろ?
「よく解っていらっしゃる…傍観者が、僕の一番好きなポジションだからね。
じゃあ…とりあえず、隣街の廃ビルまで案内しようか…」
仕方ない…コレも仕事だしな…よろしく頼む。
隣街までは、車で10分ほどの距離だ。
問題の廃ビルは、こいつの話が正しければ、車では入れないところにあるとか…。
全く…そんな立地の悪いビルなんか、廃墟になって当然なのかもしれないな。
「そうかもしれないな…まぁ、廃れたビルのことだ…とやかく言うのはやめようぜ」
同意だな…目下のところ、事件解決をめざすべきだしな。
有料駐車場に車を止め、更に歩くこと数分。
問題のビルに到着した…廃ビルって割には、結構きれいじゃないか?
下手したら、俺の事務所の入っている建物よりも…だ。
「あのビルは、手入れがなっていないからな…それに家賃も安い」
全く持ってその通りさ。
お前が、居座る時間が長くなればなるほど、俺のところに入る仕事は、
奇怪な仕事になるし、巷じゃ、そういうの扱っている事務所って呼ばれてるんだぜ?
「僕のせい…と?
もともと、あんたには、この類の事件を呼び寄せる習性でもあると思うね…。
実際、僕もあんたの事務所に引かれて、出入りするようになったんだし」
…近々、あのビルから撤退して、別のところで事務所を構えることにするさ…。
そうすれば、奇怪な事件と遭わないで済みそうだしな。
「ははっ、それは、多分無駄に終わるだろうね。
習性自体は、あんたにあるんだから」
…やれやれだ。
ビルの概観は、地上4階建てで、見た目も誰かが住んでいてもおかしくない位だった。
恐らく、廃れた理由は、その立地のせいでは無いかと容易に想像できた。
「聞いた話だがな…建てられた当初は、そこそこテナントも入って賑わっていたそうだ。
だが、ビルのオーナーが代わった頃合から、少しずつテナントも離れて行ったんだとさ」
へぇ〜…誰から、そんな話を聞いたんだ?
「企業秘密だ…まぁ、僕の友人…といえば伝わるか?」
まぁ、無駄に交友関係の広いお前だからな…そんなこったろうとは思ったさ。
で、何故ビルのオーナーが代わった頃合からなんだ?家賃でも引き上げたか?
「さぁな…家賃自体は、多少『引き下げた』らしいんだ」
…下げた?…利用者にとっては喜ばしいことじゃないか?
「至極その通り。
だが…結局は、廃れたんだから…もっと、別のところに理由があったんだろうさ」
家賃以外の理由…かぁ…。
ん?そういえば、その代わったって言うオーナーはどこにいったんだ?
「…行方不明…って話だ」
廃れたビルに、行方不明のオーナー…で、噂される奇怪な話…かぁ…。
…とりあえず、当時入っていたテナントについて分かれば、もう少し何とかなるか。
「それは…多分、無理な話だな」
…なんでだ?
「当時入っていたテナントの書類は殆ど偽造のものだったらしい。
新オーナーが行方不明になった後に、このビルの調査に来た警察が、
そのことに気づいたらしいから…まぁ、ほぼ間違い無いだろうな」
…奇怪なことが更に増えるだけの結果…かぁ…。
で…その警察からの情報っていうのは…、
「企業秘密…だ」
だろうな。