プロローグ:依頼人来る
「ねえ、聞いたかい?」
開口一番に何を言い出すかと思えば、いつものくだらない話だった。
「くだらないはないだろう?
せっかく、面白そうな話を持ってきたのに…」
その、お前が言う、面白い話の中で、俺が面白いと思ったことは、一度としてない。
「ん〜…僕としては、面白かったんだけどね…?」
そりゃ、お前がいつも傍観者側だからだろ?
一度、当事者側に回ってみろ…一つも面白いことなんてないんだからな…!
「見てるのが楽しいんじゃないか!…で、今回の話は、聞いてくれるのかな?」
どうせ、いつものように、聞かなきゃ、いつまでも居座る気だろ?
…それは、迷惑極まりないから、言う事言って、とっとと帰ってくれや。
「ま、聞いてくれるってなら、話は早いや。
あんた、隣街にある、廃ビルの噂って知っているかい?」
ん?なんか、幽霊が出るとか、行方不明者が出たとかってやつか?
「そう、ソレ。
実は、2〜3日前に、本当に出ちゃったらしいんだよ…」
幽霊がか?
「いや、それは確認されていないみたいだね。
出たっていうのは、行方不明者のほうさ」
…なんで、お前が得意そうに言うんだ?
…ん?そういえば、この間のラジオのニュースでやってた隣街での行方不明者って言うのは…?
「そんなニュースを聞いたのかい?…まぁ、その通り、廃ビルの辺りで見かけたのを最後に行方不明って話だよ」
それは、それは…。
…で、そんな話を俺にして、何が面白いって言うんだ?
「おいおい…あんたが今まで見て来た事件は、殆どがこの類だろ?
…つまり、今回も、あんたのとこに仕事が来るって事さ…」
…やれやれ…。
そうそう都合よく仕事がくるわけ…
ピンポーン…
インターフォンのなる音と、どうやら、俺を呼んでいるらしき声が聞こえる…。
全く…こいつと関わっているとろくなことが起きない気がしてならないね…。
とりあえず、こいつが言ったようなことが起きないことを願うとするかね…。
「お待たせしました…どうぞ」
そう言って、俺は、入り口のドアを開けて、やってきた客に愛想笑いを振りまく。
営業スマイル…コレこそが、接客業の基本中の基本だ。
「さて…今日は、どういったご用向きで、当事務所まで来ていただきましたか?」
ある意味で、定型句となりつつある、その言葉で客の出方を窺う。
相手は、20代半ば位の女性。
カジュアルな服装をしていて、身なりは結構きっちりしている感じか…?
普段はOLしていますといわれても…まぁ、驚きはしない感じだが…学生だとしたらそれはそれで驚くかもしれないな…学生っぽくは無いし。
少し伏目がちにその女性は口を開いた
「実は…」
と、女性の前を横切る黒猫。
「あ、猫ちゃん…ここで飼っているんですか?」
俺は、首を横に振りながら答える。
「勝手に出入りしていくんですよ…特に、お客が来るようなタイミングを見計らうかのように…っと、それはそうと、ご用件の方は?」
「あっ、そうでしたね…あの…少し変な話なんですけど…聞いてください」
…変な話?…ひょっとして…。
「隣街に廃ビルがあるって言うのはご存知でしょうか?」
…来た…あいつの言っていた話がまんまと舞い込んできた形になってしまったか…。
そう思いながら、客の周りをうろうろとしている黒猫を一瞥してから、答える。
「えぇ…何でも、奇怪な噂がある、あのビルですよね?」
「あ、ご存知でしたか…じゃあ、先日起きた事件のお話は…?」
…あいつの、思い描いた通りの展開…ってやつか…やれやれ…。
「確か…2〜3日ほど前に、隣街で、誰かが行方不明になった…っていう事件ですね?
ラジオで聞いて知ってはいましたが…何でも、最後の目撃情報が、そのビル付近だとか…?」
女性は、その言葉を聞いて、少し驚いたような表情になって、
「えっ!そこまでご存知だったんですか…?
…じゃあ、今日ここに来た理由っていうのも…なんとなくお察しかと思いますが…」
…人探し…か?…とはいえ、色々と厄介ごとを背負うことになりそうだな…。
まぁ…それも仕事のうちだ…仕方ないか…。
「貴女は…行方不明になった方の身内の方ですか?」
女性は、更に伏目がちになり、
「…行方不明になったのは…私の婚約者です…」
押し殺すかのような声で、それだけ言った。