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独身税を免れるために再会した学園1の美少女と0日婚したのだが、最近嫁の様子がおかしい  作者: 田中 又雄


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8/13

地獄の過去

 インターホンの音が部屋に響き渡る中、私は息を潜めてモニターを凝視した。


 映っているのは、間違いなく紙風先輩。スーツ姿で、ボサボサの髪が夕陽に照らされ、影を長く伸ばしている。


 彼の目はまるでモニター越しに私を覗き込んでいるような気がして、冷や汗が背中を伝う。なぜここに?


 どうやって住所を知ったの?


 心臓の鼓動が耳元で鳴り響き、喉が乾く。

秀太君が心配そうに私を見る。


「梨央奈……大丈夫か?」


 私は小さく頷くが、体が固まっている。

インターホンが再び鳴る。


 何度か押された後、ようやく諦めたのか、彼はポケットから何かを出し——白い封筒のようなもの——を郵便受けに押し込む。


 そして、肩を落として去っていく。

モニターの画面から彼の姿が消えると、ようやく息ができた。


 膝が震え、どっかりとソファに座り込む。

緊張の糸が切れ、体が重くなる。

秀太君が近づき、肩に手を置く。


「梨央奈、何かあったの?あの人と……」


 私は深呼吸をし、言葉を絞り出す。


「ごめんなさい。結婚を焦っていたのは……これのせいでもあるの」


 秀太君の目が優しく、私を促す。

私はゆっくりと過去を語り始めた。


 心の奥底に封じていた記憶が、堰を切ったように溢れ出す。


 合理的に生きてきた私にとって、こんな感情的な告白は珍しい。


 でも、今は話さなければいけない気がした。彼なら、理解してくれるはずだ。



 ◇


 順調に就活を終え、一流企業への入社が決まった時は、達成感でいっぱいだった。


 大学時代から、効率的に単位を取り、インターンシップをこなしてきた成果だ。


 入社式の日は、桜が満開で、新たなスタートを象徴するようだった。


 式典ホールは花の香りが漂い、新入社員たちのスーツ姿が並ぶ。


 社長の挨拶を聞きながら、心の中でキャリアパスを計算していた。


 同期たちは明るく、研修期間は楽しく過ごせた。研修センターの会議室で、チームビルディングのワークショップを繰り返す。


 グループディスカッションでは、みんなの意見が飛び交い、私は自然とまとめ役になった。

ランチタイムは、会社のカフェテリアで同期の女子たちとサンドイッチを食べながら、将来の夢を語り合った。


「梨央奈はきっとすぐに出世するよ」


 あの頃の私は、希望に満ちていた。

研修の最終日、パーティーで同期と写真を撮った。

シャンパンの泡がグラスに弾け、笑い声が響く。

すべてが計画通りだった。


 半年の研修が終わると、とある部署に配属された。


 データ分析チーム。私の専門にぴったりだと思った。


 初日の朝、デスクに座り、チームメンバーに挨拶する。


 会社は立派なのだが、そのオフィスの空気は少し埃っぽく、蛍光灯の光が白く反射する。

そこに、彼がいた。

そう、紙風慎太郎先輩。


 一つ上の上司で、私の直属の指導担当になった。

ボサボサの髪、くすんだシャツ。

陰気な表情で、面白みのかけらもない男。

初対面の印象は、ただの冴えない男だった。


「よろしくね、梨央奈ちゃん」


 彼の声は低く、視線が少し長く私に留まる。その目が気にはなったが、仕事に集中した。


 最初の頃は、業務の指導を受けながら、普通に過ごせた。

データ処理のTipsを教えてもらい、ミーティングで意見を交わす。


 会議室のテーブルに資料を広げ、彼の説明をメモする。

部署の雰囲気は悪くなく、他の先輩たちは親切だった。


 ランチタイムに、チームで近くのカフェに行くのも楽しかった。

カフェのカウンターでコーヒーを注文し、窓際の席で雑談する。


「梨央奈、君は優秀だね」


 配属初年の前半は、まだ穏やかだった。

紙風先輩の視線が少し長いことに気づき始めたのは、配属から数ヶ月後。


 ミーティング中、私の発言の時だけ、彼の目がじっと私を追う。

オフィスのデスクで作業していると、背後に気配を感じる。


 振り返ると、彼が近くのコピー機を使っているふりをして、私を見ている。


 偶然かと思ったが、その頻度が増す。

朝の通勤電車で、彼の姿を見かけるようになった。混雑した車内、同じ車両にいる。

視線が絡みつく。


 帰り道も、駅からオフィスまでの道で、後ろに彼の影を感じる。


 路地の街灯の下で、足音が同期する。

偶然とは思えない。


 ある日、会社のロッカーで、私のロッカーが少し開いていた。


 中をチェックすると、ハンカチの位置が違う。

誰かが触った? 気のせいかと思い、放置した。でも、不安の種が植えられた。


 初年の終わり頃、デスクに無記名のメモが置かれるようになった。


「梨央奈ちゃん、今日のスカート、素敵だね」


 メモの紙が少しよれていて、インクの匂いが残る。

捨てたが、次の日また。


「昼休みのカフェ、君の笑顔が見られて幸せ」


 私の行動を監視されている。

吐き気がした。

合理的に、証拠を集め始めた。

メモを保存し、日付をメモする。


 2年目に入り、行為は過激さを増した。

メッセージがスマホに届くようになった。

知らない番号から。


「梨央奈ちゃん、昨日の一人飲み、寂しそうだったね」


 添付されていたのは私の写真。

バーでグラスを持った後ろ姿。

誰が撮った? 体が震えた。


 それから尾行が本格化し、帰宅途中のスーパーで、彼が突然現れる。


「梨央奈ちゃん、買い物? 手伝おうか?」


 息が近く、目が異常な輝きを帯びる。

逃げるように去るが、家に着くと、郵便受けに手紙。


「君の部屋の灯り、きれいだよ」


 中身は、私の窓の写真。

カーテンの隙間から、室内が覗けるアングル。盗撮だ。


 それから夜、眠れなくなる。

夢で、彼の顔が浮かぶ。

オフィスでは、ミーティングで足が触れる。


 テーブル下で、靴が私の踵に当たる。

意図的だ。

ある日、会社のPCに匿名メール。


「梨央奈ちゃんのタイピングの音、好きだよ」


 添付は、私のデスクの動画。

短いクリップで、私の指の動きがアップで撮られている。


 隠しカメラ? デスクを調べると、キーボードの下に小さなレンズのようなもの。

震える手で外し、捨てた。


 恐怖で、食事が喉を通らなくなる。

体重が減り、鏡の自分がやつれている。


 3年目、事態はさらに悪化し、直接的な脅威となった。

侵入の兆しを感じ始めた。


 ある夜、家に帰ると、ドアの鍵が少し緩い。部屋の中、家具の位置が微妙にずれている。


 ベッドのシーツが乱れ、私の私物——下着の引き出し——が開いていた。誰かが入った?

吐き気がして、警察に相談した。


「証拠がないと……」


 取り合ってもらえない。

翌朝、スマホにメッセージ。


「梨央奈ちゃんのベッド、柔らかかったよ」


 添付は私のベッドの写真だった。

それは内部から撮られたもの。

侵入されていた。

心臓が止まりそうになった。


 夜、眠れず、ソファで縮こまる。

オフィスでは、紙風先輩の視線が狂気を帯びる。


 ミーティング後、狭い廊下で体が密着する。


「梨央奈ちゃん、僕の気持ち、わかるよね?」


 息が耳にかかり、吐き気がする。

振り払って逃げるが、手の感触が残る。

ある日、家に帰ると、部屋に異臭。


 キッチンのゴミ箱に、腐った食べ物。

私の食べ残しの弁当箱が、捨てたはずのものが戻っている。


 ストーキングが、精神的拷問に変わる。

体重がさらに減り、集中力が散漫になる。

同期に相談したが、「警察に相談したら?」と言われるだけでなかなか取り合ってくれなかった。


 いよいよ限界を感じ、上司に報告した。


「ストーカー行為を受けています」


 会議室で、証拠を提出。

メモ、メッセージ、写真、動画。

侵入の形跡も。


 表情は真剣だが、どこか曖昧。


「了解した。紙風に確認するよ」


 結果は厳重注意止まり。

なぜ? 同期から聞いた。


「紙風って、社長の甥っ子なんだって。だから、守られてるよ」


 心が冷えた。社長の親族……。

会社ぐるみの隠蔽?

絶望が胸を締め付ける。再報告で、人事部に。


 面談室で、詳細を話す。

担当者の目は同情的だが、「証拠が不十分で……」


 結局、何も変わらない。

非効率的、非合理的。

夜、独り部屋で泣いた。


 結婚のアイデアが浮かんだのは、そんな時。独身税の増税と、結婚のメリット。

損得で考え、掲示板に投稿した。

秀太君との出会いが、救いになった。


 そして、今に至る。

紙風先輩が住所を知ったのは、会社のデータベースか、尾行か……。



 ◇


 話を終え、秀太君の顔を見る。彼の目が優しい。


「大変だったな……。これからは、俺が守るよ」


 その言葉に、心が溶ける。

偽装なのに、本物の温かさを感じる。


 ソファで、肩を寄せ合う。

紅茶の香りが、部屋に広がる。

この関係が、変わっていく予感がした。

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