表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
独身税を免れるために再会した学園1の美少女と0日婚したのだが、最近嫁の様子がおかしい  作者: 田中 又雄


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/7

梨央奈の日常

 オフィスビルに着くと、エレベーターの扉が開き、いつもの喧騒が私を迎える。


 足音が響く廊下を歩き、デスクにバッグを置く。

モニターを起動し、今日のスケジュールをチェックする。


 プロジェクトの進捗確認、会議の準備……。一流企業での日常は、いつも通り忙しない。


 窓から差し込む朝の光が、キーボードを優しく照らす。

昨日秀太君との偽装デートが、頭の片隅に残っている。


 カフェでの会話、映画の暗闇、物件の下見……。


 すべてが計画通りだったのに、なぜか心が少し軽い。

合理的に考えれば、ただの契約。

なのに、彼の素朴な反応が、胸の奥で温かな余韻を残す。


 偽装の関係が、私の計算された世界に、予期せぬ柔らかさを加えている気がする。

こんな感情、久しぶりだ。


 けど、仕事に集中しようと、自分に言い聞かせる。

感情は効率を阻害する。

それが私の信条だ。

そんな中、デスクの隣から声がかかる。


「お、おはよ……梨央奈ちゃん」


 振り返ると、そこに紙風慎太郎先輩が立っていた。


 一つ上の先輩で、同じ部署の直属の上司。ボサボサの髪が目立ち、清潔感のないシャツにネクタイが曲がっている。


 陰気な表情で、面白みのかけらもない男。

配属されてから、彼の視線がいつも私を追いかけるのが気になっていた。


 地下鉄で待ち伏せされたり、帰り道を尾行されたり……。

あの時の恐怖が、今も胸の奥でざわつく。

合理的に対応しようとしたけど、心の負担は大きかった。


 上司に報告したのに、厳重注意止まり。

注意された後の方が、視線が粘つくようになった。

この一件が、私の結婚を焦らせた理由の一つだ。


 損得勘定だけでなく、こんな男から逃れるための手段としても、偽装結婚は有効だった。

心の中で、秀太君に感謝する。

彼のおかげで、少し自由になれるかも。


「おはようございます、紙風先輩」


 私は淡々と返す。

無視するわけにもいかない。

仕事上の付き合いだ。


 彼はデスクに寄りかかり、いつものようにじろじろと私を見る。

目が少し血走っている気がする。

息が少し臭う。

距離を保ちたいのに、近づいてくる。


「梨央奈ちゃん、今日もきれいだね。週末は何してたの?」


 その質問に、内心でため息をつく。

プライベートに踏み込むな、と言いたいが、穏便に済ませる。


 私は左手の薬指に嵌めた銀の指輪を、これ見よがしに動かす。


 光が反射し、彼の視線を捉える。

指輪のシンプルなデザインが、朝の光に輝く。

彼の目が指輪に釘付けになる。


「そ、それ……指輪……? え? 左手の……薬指? え?」


 予想通りの反応。声が震えている。

私は冷静に答える。

心の中で、優位を感じる。

この瞬間が、少し心地よい。


「はい。近々結婚するので」


 彼の顔が青ざめる。

「え!? 彼氏はいないはずじゃ……」

「彼氏は居ないですよ。婚約者はいましたけど」


 私の言葉に、彼は唖然とする。

口が開いたまま、言葉が出てこない。

目が泳ぎ、額に汗が浮かぶ。


 この指輪が、私の盾になる。

偽装とはいえ、秀太君のおかげで、少し楽になれそう。


 紙風先輩はようやく言葉を絞り出し、「そ、そう……おめでとう……」と呟いて、デスクに戻る。


 背中が縮こまっている。重い朝の始まりだ。心の中で、ため息をつく。

この男の存在が、私の日常をどれだけ汚していたか、再確認する。


 結婚のニュースが、彼を遠ざけるきっかけになればいい。



 ◇


 午前中はチームミーティングで埋まった。会議室に入ると、ホワイトボードにプロジェクトのタイムラインが既に描かれている。


 メンバーたちが席に着き、私は資料を配る。私の役割はデータ分析と戦略提案。数字を基に、無駄を排除した計画を立てるのが私の強みだ。


 合理性こそが、私の武器。

ミーティングが始まると、紙風先輩が司会を務める。


 彼の声はいつも通り低く、陰気だ。私の発言の番になると、彼の視線が絡みつく。


 指輪の効果か、今日は少し控えめだが、それでも不快だ。


「有本さん、分析結果を」


  私はプロジェクターを操作し、グラフを表示する。売上予測の数字を淡々と説明する。


 メンバーたちが頷く中、心の中で思う。

この仕事は好きだ。予測可能で、コントロールできる。


 でも、紙風のような人間がいるせいで、ストレスが溜まる。

ミーティングが終わり、デスクに戻る。

紙風先輩が近づいてくる気配を感じ、背筋が凍る。


「あの、指輪……本当におめでとう」


 彼の声は震え、目が少し赤い。

感謝の言葉を装っているが、嫉妬がにじむ。

心の中で、冷たく思う。

早く離れてほしい。


「ありがとうございます」と、短く返し、仕事に集中するふりをする。

彼はようやく去る。安堵の息が漏れる。


 昼休み、社内のカフェテリアでサラダを食べる。

窓際の席を選び、一人でスマホをチェックする。


 周囲の同僚たちの笑い声が遠く聞こえる。

ふと、秀太君のことを思う。

昨日は楽しかった。


 彼の反応が、意外と可愛い。

ドキドキしているのが、伝わってきた。

合理的に考えれば、ただの契約相手。


 でも、心のどこかで、温かさが芽生えている気がする。


 サラダをフォークで突きながら、分析する。私のような人間が、こんな感情を抱くなんて、非合理的だ。


 損得で始めた関係なのに、彼の誠実さが、私の心の隙間を埋めているのかもしれない。


 カフェテリアのガラス窓から、外の街並みが見える。忙しない人々が行き交う。


 私の人生も、いつも効率優先。

でも、秀太君との時間は、違うリズムを与えてくれる。


 午後、資料作成に集中する。

エクセルを叩き、グラフを作成。

ヘッドホンでジャズを聞きながら、作業を進める。


 オフィスの空気が、少し重い。

紙風先輩の視線を感じるが、無視する。

ふとした瞬間、スマホが振動する。


 秀太君からのメッセージだ。


「昨日はありがとう。楽しかったよ。次は家具探し? 何か希望ある?」


 シンプルな文面。

でも、なぜかふっと笑みがこぼれる。

頰が少し熱い。

指が自然に動き、返信を打つ。


「うん、楽しみにしてるわ。シンプルなデザインがいいかも」


 送信ボタンを押すと、心が軽くなる。

合理的な私にとって、珍しい感覚だ。


 周囲を見回す。誰も気づいていない。

笑ってしまった自分に、少し驚く。

この感情、何なのだろう。


 偽装の練習のはずなのに、彼の存在が、私の心を少しずつ溶かしている。


 非効率的だけど、悪くないかも……。

作業を再開するが、集中力が少し散漫だ。

秀太君の顔が、頭に浮かぶ。

次のデートが、待ち遠しい。


 夕方近く、チームの進捗報告で紙風先輩と顔を合わせる。


 彼の視線が指輪に落ち、表情が曇る。

心の中で、勝利を感じる。

この男の影が、少し薄れた気がする。


 退社時間になり、オフィスを出る。

地下鉄のホームで、周囲を警戒する。

今日は尾行の気配がない。


 電車に乗り、窓の外の景色を眺める。

秀太君との関係が、少しずつ変化している。

偽装が、本物に近づいているのかもしれない。


 家に着き、ソファに座る。

指輪を眺め、微笑む。この先、どうなるのか。期待が、静かに胸を満たす。


 合理性を超えた、何かが生まれている。

今日の1日が、そんな予感を強めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ