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独身税を免れるために再会した学園1の美少女と0日婚したのだが、最近嫁の様子がおかしい  作者: 田中 又雄


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3/7

後輩

 翌朝、いつものようにアラームが鳴り響く。ベッドから起き上がり、窓の外を見ると、曇り空が広がっている。


 灰色の雲が低く垂れ込め、街全体を覆うように見える。


 昨日の出来事が、夢のように感じる。

婚姻届にサインしたこと、有本さんの淡々とした説明……すべてが現実だった。


 心の中はまだ混乱しているが、仕事に行かなければならない。

俺は簡単な朝食——トーストとコーヒー——を済ませ、ネクタイを締めて家を出る。


 通勤電車は混雑し、吊り革に掴まりながら、ぼんやりと窓の外を眺める。


 雨粒が窓ガラスを叩き始め、街の風景をぼやけさせる。

彼女の顔が浮かぶ。

あの完璧な笑顔と、合理的な言葉。


 偽装結婚だと理解しているのになぜか胸がざわつく。

彼女の香り、喫茶店での会話、すべてが鮮明に蘇る。

俺は本当にこれでいいのか?


 親を騙すことになる。

もちろん、騙して何かしてやろうというわけではないけど、きっと純粋に結婚を喜んでくれると思うと心が痛い。


 いや、でも経済的なメリットを考えれば……。

そんな葛藤が、電車の揺れとともに心を揺さぶる。


 駅に着き、会社に向かう道中、雨が本降りになる。


 傘を忘れたことに気づき、軽くため息をつく。肩を濡らしながらオフィスビルに入る。


 会社は、街の中心部にある中堅のIT企業だ。主に企業向けのウェブアプリケーションの開発と保守を請け負っている。


 俺の部署は開発チームで、日々コードを書き、バグを潰すルーチンワーク。


 入社して二年、ようやく慣れてきたが、納期のプレッシャーが常にある。


 オフィスに着き、デスクに座ると、モニターを起動する。


 今日のタスクは、クライアントの在庫管理システムの機能追加。

キーボードを叩き始めるが、集中できない。


 頭の中は有本さんのことでいっぱいだ。

彼女の瞳の輝き、淡々とした声調。

高校時代の憧れが、突然現実になった。


 偽装とはいえ、彼女と関わる日々が始まるなんて……。

ワクワクと不安が混じり合い、指先が少し震える。


 そんな中、廊下から明るい声が聞こえてくる。


「秀太先輩、おはよー! あれ、雨に濡れちゃったんですか? びしょびしょじゃないですか!」


 振り向くと、後輩の梁間雫が笑顔で近づいてくる。


 彼女は入社一年目の22歳。

ショートヘアが可愛らしく、大きな目が印象的だ。


 性格は活発で、いつも周りを明るくするタイプ。

人懐っこくて、俺にもよく話しかけてくる。

今日は白いブラウスにスカート姿で、手にコーヒーを持っている。

彼女の元気な様子に、少し心が軽くなる。


「おはよう、雫。うん、傘忘れちゃってさ。今日も元気だな」


 俺は微笑み返す。

雫は俺のデスクの横に腰を下ろし、コーヒーを差し出す。


「先輩、昨日は遅くまで残業だったんですか? 顔色悪いですよー。はい、これ飲んで元気出して! 私のおすすめのラテですよ」

「ありがとう。いや、昨日は早く帰ったよ。ただ、ちょっと寝不足で…」


 本当は、有本さんとの出会いが頭から離れなくて、夜更かししてしまった。

雫は目を輝かせ、肘を突く。


「寝不足? もしかして、ゲームやりすぎ? それとも……シコりまくってたとか?ダメですよー?おかず探しはほどばとしないと」

「セクハラだぞ、それ」

「では、上司にでも相談でもしてください」

「それはやめとく」


 雫とはよく雑談する仲で、以前、俺が「彼女はいない」って言ったのを覚えている。


 それがいきなり結婚となったら…色々言われるかもだな。

雫はくすくす笑い、肩を叩く。


「ふふ、そんなんじゃいつまで経っても独り身ですよー。私、応援してるんですから!いつか先輩に彼女ができますようにって!もし彼女できたら、絶対教えてくださいね。デートスポットとかアドバイスしますから!」


 彼女の無邪気な笑顔に、少し心が和む。

でも、内心では罪悪感が募る。

有本さんの存在を隠しているような気がして。


 仕事中も、雫は時折デスクに来て、コードの相談をする。


「先輩、この部分のエラー、どうしたらいいですか? 私、Pythonのこのライブラリまだ慣れなくて……」


 彼女はモニターを指差し、真剣な顔で尋ねる。俺は説明しながら、彼女の熱心さに感心する。


 雫はプログラミングが得意で、俺のミスを指摘してくれることもある。

昼休みには、一緒に社食を食べ、くだらない話で盛り上がる。


「先輩、週末は何してるんですか? 私、最近Netflixのドラマにハマってて。おすすめあります?」

「俺は本読むくらいかな」

「つまんないですねー」

「うるせ」


 雫の存在は、会社生活のささやかな楽しみだ。でも、今日の俺はどこか上の空。


 有本さんの連絡が、スマホに届いているか確認してしまう。

まだ何もない。


 午後、雨が止み、窓から差し込む薄い陽光がオフィスを照らす。


 コードをデバッグしながら、ふと思う。彼女との偽装生活が始まったら、

こんな日常はどう変わるのか……。



 ◇


 夕方、仕事が終わり、オフィスを出る。

外はすでに薄暗く、街灯が灯り始めている。

雨上がりの空気が清々しく、濡れたアスファルトが光を反射する。


 雫が後ろから追いかけてくる。


「先輩、今日は一緒に帰りましょうよ! 駅までおしゃべりしながら。てか、雨止んでよかったですよねー」

「そうだな。行くか」


 俺たちは並んで歩き出す。雫は今日の仕事の愚痴をこぼし、俺は相槌を打つ。

彼女の歩調は軽やかで、時折俺の腕を突く。


「今日のミーティング、部長の話長すぎませんでした? 私、途中で眠くなっちゃって……先輩はどうやって耐えてるんですか?」

「慣れだよ。最初は俺もきつかったけど」


 そんな他愛ない会話が続く。

すると、会社のビルの前に、意外な人物が立っていた。


 有本さんだ。

仕事着のスーツ姿で、スマホを弄っている。


 明らかにできる美人な彼女の美しさが、周囲の空気を変える。

長い髪が夕風に揺れ、洗練された立ち姿が目を引く。

俺は思わず足を止める。


「……有本さん」


 彼女は顔を上げ、微笑む。

だが、その目は少し鋭い。


「あら、婚約相手を苗字呼びなんて悲しいわ。梨央奈でいいのに」


 その言葉に、俺は凍りつく。

婚約相手……。

雫が隣で固まっているのがわかる。彼女は俺の袖を引っ張り、目を丸くする。


「……秀太先輩……誰ですか? この人。婚約者って……」


 雫の声は、少し震えている。俺は慌てる。

雫には、彼女がいないって言っていた。

いや、正確には元カノの話をして、「今は誰もいない」ってぼやいていた。


 急に婚約者が出てきたら、驚くのも無理ない。

心臓が早鐘のように鳴る。

どう説明すれば……。喉が乾く。


「えっと、これは……その、最近の話で……」


 言葉が出てこない。

有本さんは俺の様子を見て、察したようだ。

彼女は軽く頭を下げ、雫に微笑む。


「あら、お邪魔だったかしら。少し話したいことがあったのだけれど……また連絡するわね。じゃあね、秀太」


 そう言って、彼女は踵を返し、歩き去る。

彼女の後ろ姿が、夕暮れの街に溶けていく。

俺はホッとするが、同時に罪悪感が募る。

雫は俺を睨み、腕を組む。


「先輩……説明、してください。婚約者? 彼女がいないって言ってませんでした? 私に嘘ついてたんですか?」


 彼女の目は本気だ。

少し傷ついたような表情に、胸が痛む。

俺はため息をつき、近くのベンチに座るよう促す。


「ごめん、雫。座って話そう。高校の知り合いで、最近再会して……」


 雫はベンチに座り、俺を追求する。


「急に? そんなのありえないですよ! いつから付き合ってるんですか? どうやって知り合ったの? あの人、めちゃくちゃ美人じゃないですか。先輩、隠してたんですか? 私、信じてたのに……」


 質問の嵐に、俺は頭を抱える。

雫の好奇心は強いが、今日は少し本気で怒っているようだ。

けど、なんとか適当に誤魔化す。


「本当に最近なんだ。共通の友人経由で再会して、急展開で。まだ詳しくは話せないけど、彼女がいないって言ったのは本当だよ。あの時はいなかったんだ」


 雫は納得いかない顔で、頰を膨らます。


「ふーん……でも、怪しい。先輩、絶対何か隠してるでしょ。まあ、いいですけど。おめでとうございます」


 彼女は少し寂しげに笑う。

俺は申し訳なくなり、頭を下げる。


「本当にごめん。言わなくて…」


 雫は立ち上がり、駅に向かう。


「じゃあ、詳しい話は今度居酒屋で聞きますね! 絶対ですよ!」


 彼女の後ろ姿を見送り、俺はため息をつく。ややこしくなったな……。

心の奥で、有本さんへの申し訳なさが募る。

彼女を待たせてしまった。


 雨上がりの空気が、冷たく頰を撫でる。



 ◇


 雫を見送った後、俺は有本さんに連絡する。すぐに返信が来て、近くの公園で待っているという。


 夕暮れの公園は、人気が少なく、ベンチに座る彼女の姿が遠くから見える。


 木々の葉が風に揺れ、街の喧騒が遠く聞こえる。彼女は俺に気づき、手を振る。

俺は近づき、隣に座る。

ベンチの冷たさが、尻に伝わる。


「ごめん、さっきは。変なタイミングで」


 有本さんは首を振り、微笑む。

だが、その目は少し心配げだ。


「いいわよ。でも、まさか彼女がいたなんて言わないわよね? あの子の目、ちょっとあれだったけど」

「ただの会社の後輩だけど……彼女はずっといないって言ってたから、変に思われたみたい。誤解を解くのに苦労したよ」


 彼女は頷き、目を細める。


「そう。それは訂正しておくべきね。いきなり結婚したとなると噂が広がって面倒よ。会社の人に変に知られると、偽装がバレやすくなるし」

「うん、気をつけるよ。ありがとう」


 それから、彼女は小さな箱を取り出し、手渡す。

中を開けると、シンプルな銀の指輪が入っている。

俺は驚く。

指輪の表面が、街灯の光を反射してきらめく。


「……あっ……指輪ね……」

「形は大事だから。お金のことは気にしなくていいわ。大したものではないし。あなたのを買う予算で、私のも一緒に」

「えっ、でも……そんな、悪いよ。俺が払うよ」

「いいの。それより、話を進めましょう。指輪はめてみて。サイズ合ってるはずよ」


 俺は指輪を手に取り、薬指にはめる。

少し冷たい感触が、心を落ち着かせる。

偽装とはいえ、婚約の証。


 彼女も自分の指に似た指輪をはめ、満足げに眺める。


 それから、彼女は具体的な計画を話し始める。

両親に会うのは、来週末。

俺の親にまず会い、その後彼女の親。


「共通の友人を通して再会したという体にしましょう。その友人はこちらで用意しておくから。プロフィールやエピソードも、事前に共有するわ。たとえば、大学時代の同窓会で再会して、共通の趣味——本とか旅行——で意気投合したって設定はどう?」

「…ありがとうございます。それでいいよ。親は喜ぶと思う」


 俺は素直に感謝する。

彼女の準備の良さに、感心する。

彼女はスマホを取り出し、スケジュールを共有する。


「いいのよ。私がしたいことだから。あなたも何かアイデアある? 馴れ初めのエピソード、もっと自然にするために」

「うーん、初デートはカフェで、そこで本の話をして……みたいな?」


 彼女は笑い、頷く。


「いいわね。それでいきましょう。細かいところまで詰めましょうか」


 公園の街灯が灯り、彼女の横顔を照らす。

高校時代の憧れが、今、こんな近くにいる。


 偽装の関係なのに、心のどこかで期待が膨らむ。


 この関係が、どう変わっていくのか。

この時は、まだ想像もつかなかった。


 風が木々を揺らし、夜の訪れを告げる。

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