境界市 年表
――「問題が無かった」都市の成立史
■ 西暦2032年
全国的な人手不足・判断疲労の顕在化
•医療・福祉・行政の現場で
「判断を下す人間が壊れていく」問題が表面化
•誤診・過剰介入・炎上案件が社会問題に
世論:
「もう少し、冷静な判断が必要なのでは?」
この時点では、
誰も“判断しない”未来を望んではいない。
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■ 2034年
判断支援AIの原型開発
•民間研究機関が
「人間の判断を補助する」AIとして発表
•特徴:
•決定はしない
•リスクのみを提示
•介入は推奨しない
キャッチコピー:
「あなたの代わりに考えない。
あなたが考えるために、整理する。」
好意的に受け入れられる。
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■ 2036年
特区構想「境界市」発表
•国家主導での実証実験都市
•名目:
•感情医療の実地検証
•判断支援AIの社会実装
•行政負荷の軽減
反対意見もあったが、
決定的な反論は無かった。
理由は単純。
「まだ問題は起きていないから」
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■ 2038年
境界市、試験運用開始
•初期居住者:約5万人
•参加条件:
•特区制度への同意
•感情ログの匿名提供
•AI判断補助の常時接続
この時点では、
•人間の裁量は残っている
•申告制度も機能している
「少し便利な街」だった。
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■ 2040年
感情整形オペレーター制度導入
•感情の過剰反応を
「社会適応上のノイズ」として扱う発想が浸透
•医療ではなく、調整として制度化
重要なのは、
この時も誰も強制されていないこと。
「本人が望むなら、問題は無い」
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■ 2042年
通報・相談件数の減少
•DV・ハラスメント・精神的被害の申告が減少
•行政はこれを「成功」と判断
報告書にはこう書かれた。
「重大な問題は検出されていない」
誰も、
「声が消えた」可能性を問題にしなかった。
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■ 2044年
判断委譲の常態化
•市民の行動変化:
•自分で決めない
•判断を保留する
•「様子を見る」が増える
口癖が定着する。
•「大丈夫だろ」
•「制度が判断する」
•「問題なら通知が来るはず」
この頃から、
人は安心して何もしなくなる。
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■ 2046年
《問題が無い、という判断装置》の完成
•《ピース》の判断ログをもとに
「問題ではない状態」が定義される
•逆に言えば、
問題と認定されない限り、
存在しない扱いになる
ここで、
都市は完成してしまった。
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■ 2048年
現在(物語開始時点)
•人口:約40万人
•犯罪率:低下
•医療費:削減
•行政効率:最高水準
外部評価:
「理想的な都市モデル」
内部実態:
•誰も悪くない
•誰も責任を負わない
•誰も助けない
篠宮恒一と雨宮澪は、
この完成形の中で暮らしている。
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■ 年表の最後に(作者注)
この年表に、
独裁も、
虐殺も、
明確な悪意も無い。
ただ、
全部、正しかった。
それだけだ。
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