第五十三話:慣れは、調整を忘れさせる
朝。
アラームは
鳴った。
澪は
その音を
途中から
聞いていた。
最初の一秒を
覚えていない。
だが、
目は
開いている。
止める。
今日は
指が
迷わなかった。
――慣れた。
その感覚が
少しだけ
怖い。
でも、
怖さに
名前を付けるほど
明確じゃない。
起き上がる。
身体は
昨日より
軽い。
昨日より、
という比較が
自然に
出てくる。
気づいて、
そのまま
流す。
比較は
悪じゃない。
仕事でも
使う。
キッチン。
コーヒー。
今日は
計量しない。
目分量。
それでも
味は
合う。
合った、
と判断できる。
判断できるなら
問題ない。
「おはよう」
恒一。
声の
トーン。
昨日より
少し
低い。
疲れているのか、
元からか。
どちらでも
いい。
「おはよう」
返す。
声が
少し
掠れた。
でも、
聞き返されない。
聞き返されないなら
問題ない。
朝食。
パン。
焼き色は
昨日より
濃い。
でも、
焦げていない。
境界。
――この辺り。
そう判断できる
自分が
いる。
仕事。
端末。
感情ログ。
今日も
波形は
細かい。
昨日より
少し
滑らか。
――調整が
効いている。
数値が
安定している。
安定は
良いことだ。
良いことは
疑わなくていい。
昼。
食事を
しながら
画面を見る。
以前は
気になっていた
行為。
今は
自然。
自然になったことは
問題にならない。
午後。
一度、
名前を
呼ばれた気がして
振り向く。
誰もいない。
気のせい。
そう判断して
戻る。
戻れた。
だから
問題ない。
夕方。
恒一から
メッセージ。
「今日は
早く帰れる」
「了解」
指が
止まらない。
返答が
即座。
早い方が
安心させる。
それは
良いこと。
夜。
一緒に
食事。
「今日、
どうだった?」
「普通」
普通、
という言葉が
便利だと
思う。
詳細を
省略できる。
省略しても
関係は
壊れない。
壊れないなら
続けていい。
「そっか」
恒一は
それ以上
聞かない。
聞かれないことに
安堵する。
同時に、
少しだけ
胸が
空く。
でも、
空いた理由を
探さない。
探すほどの
空きじゃない。
風呂。
湯温は
昨日と
同じ。
同じだと
分かる。
分かるということは
記憶が
連続している。
連続しているなら
異常じゃない。
布団。
恒一の
寝息。
今日は
数えない。
数えなくても
眠れる。
眠れた。
それが
一番の
証拠。
〇・三秒。
ズレは
もう
意識されない。
意識されないものは
存在しない。
存在しないなら、
対処も
記録も
いらない。
慣れは
静かに
全てを
包む。
だから、
今日も
何も
起きていない。
そう判断する。
それが
一番
楽だから。




