第四十八話:問題は、無かったことになる
朝。
恒一は、
目覚ましより
少し早く目を覚ました。
理由はない。
ただ、
そういう朝だ。
隣を見る。
澪は、
眠っている。
静かだ。
穏やかだ。
――大丈夫そうだな。
その判断は、
呼吸より
自然に出てくる。
キッチン。
コーヒーを淹れる。
湯を注ぎながら、
昨日のことを
思い返す。
特に、
何もなかった。
食事も普通。
会話も普通。
澪も笑っていた。
――良い一日だった。
恒一は、
そうまとめる。
澪が起きてくる。
「おはよう」
「おはよう」
声の調子。
問題なし。
恒一は、
澪の顔を
一瞬だけ見る。
昨日より、
何かが違うか?
……分からない。
分からないということは、
問題じゃない。
そう、
思ってしまう。
「今日も在宅?」
「うん」
「そっか」
それだけ。
会話は、
必要十分。
恒一は、
胸の奥で
少しだけ
安堵する。
――変な空気じゃなくてよかった。
それが、
“補強”だと
気づかないまま。
午前。
仕事の合間に、
恒一は
ふと考える。
最近、
澪は
静かだ。
だが、
元々
そういう人だ。
だから、
気にする必要はない。
自分が、
気にしすぎる方が
おかしい。
――過敏にならない方がいい。
そう思う。
正しさの形をした
回避。
昼。
二人で簡単な食事。
澪が、
一瞬だけ
言葉を探すような
間を置く。
恒一は、
気づく。
だが、
何も言わない。
――言いたいことがあるなら、
言うだろ。
それは、
信頼のつもりだった。
午後。
仕事が立て込む。
恒一は、
澪の存在を
“背景音”として
感じながら
作業を進める。
安心する。
そこに、
居るというだけで。
――この状態が続けばいい。
その願いは、
無意識だ。
夕方。
澪が
少しだけ
疲れた顔をしている。
恒一は、
声をかける。
「無理しないでね」
それで、
十分だと思う。
澪は、
微笑む。
「うん」
問題なし。
夜。
テレビを見ながら、
恒一は
今日一日を
振り返る。
やっぱり、
何もなかった。
昨日も、
今日も。
――このままでいい。
そう結論づける。
その結論は、
誰も反論しない。
澪も、
何も言わない。
だから、
強くなる。
布団。
先に眠りに落ちる前、
恒一は
一瞬だけ思う。
――もし、
何かあったら。
だが、
すぐに続ける。
――その時は、
ちゃんと話してくれるだろ。
信頼。
優しさ。
合理性。
それらが重なって、
ひとつの判断になる。
「問題は無い」
その判断は、
今日も、
澪の上に
静かに置かれる。
澪は、
何も言わない。
だから、
その判断は
正しいまま、
更新され続ける。
誰にも、
悪意はない。
誰も、
壊そうとしていない。
ただ、
世界はまた一つ、
変わらない理由を
手に入れただけだった。




