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第四十三話:整合性の確認


 午前十時。

 澪は在宅端末の前に座っている。


 感情整形オペレーターの仕事は、

 基本的に静かだ。


 画面に表示されるのは、

 数値化された“感情波形”。


 揺れをなだらかにし、

 極端なピークを削る。


 それが、

 仕事。


「澪、

 今日は案件多い?」


 キッチンから声をかける。


「ううん、

 少なめ」


 一拍遅れて返事。


 その遅れが、

 最近ははっきり分かる。


 昼前、

 端末が短く鳴る。


 《整合性確認要請》


 自動表示。


 珍しく、

 澪の個人アカウント宛。


「……これ、なに?」


 澪がこちらを見る。


「本人確認かな。

 たまに来る」


 俺はそう答える。


 嘘ではない。


 ただ、

 頻度は低い。


 澪は了承をタップ。


 画面に質問が表示される。


 ――最近、

 生活に支障を感じていますか?


 選択肢は三つ。


 ・いいえ

 ・どちらとも言えない

 ・はい


 澪は、

 指を止める。


 長い。


「……どれ?」


 俺が聞く。


「分からない」


「困ってる?」


「困ってるかどうかが、

 分からない」


 彼女は、

 ノートを横目で見る。


 昨日の“置き場”。


「“どちらとも言えない”で

 いいんじゃない?」


 提案。


 無難だ。


 システム的にも。


 澪は、

 しばらく考えてから

 タップする。


 次の質問。


 ――その状態は、

 日常生活に影響していますか?


「これ、

 昨日と同じだね」


 澪が言う。


「でも、

 昨日は誰も

 判断しなかった」


 画面は、

 判断を求めている。


「影響って、

 どこから?」


 澪の声が、

 少し低くなる。


「仕事?」


「生活?」


「それとも、

 私?」


 答えを急かす

 進捗バーが伸びる。


「……大丈夫、

 って言えば

 終わるよ」


 俺は言う。


 いつもの逃げ道。


 澪は、

 画面を見る。


 そして、

 首を振る。


「今日は、

 それ出来ない」


 選択肢の

 「はい」に触れる。


 送信。


 画面が一瞬暗転し、

 新しい文言。


 《追加確認が必要です》


 澪は、

 息を吸う。


「来たね」


 誰に言うでもなく。


 午後。

 オンライン面談。


 相手は、

 感情管理局の担当者。


 声は穏やか。


「現在の状態を、

 ご自身でどう認識していますか?」


 澪は答える。


「……揺れてます」


「具体的には?」


「揺れていることを、

 “問題じゃない”って

 思おうとしてる」


 担当者が一瞬、

 黙る。


「それは、

 ご自身の判断ですか?」


「そう言われてきた判断です」


 言葉が、

 少し鋭い。


「理解していますか?」


 質問。


「理解は、

 しています」


「納得は?」


 澪は、

 少し考える。


「していません」


 沈黙。


 担当者は、

 画面の向こうで微笑む。


「現時点では、

 緊急性は見られません」


 いつもの結論。


「経過観察とします」


 面談終了。


 画面が消える。


 澪は、

 しばらく動かない。


「……ねえ」


 小さな声。


「今の、

 私、変だった?」


「いや」


 即答。


「ちゃんと

 話してた」


 澪は、

 少しだけ笑う。


「そう言われると、

 安心する」


 ノートを開く。


 今日の欄に、

 一行書く。


 ・「はい」を選んだ


 それだけ。


「問題?」


 俺が聞く。


「まだ分からない」


 澪は言う。


「でもね」


 ペンを置く。


「“問題じゃない”って

 判断される前に、

 一回外に出た」


 外。


 つまり、

 俺や、

 制度の外。


 その夜、

 澪は少し早く眠る。


 寝息は、

 規則的。


 俺は、

 天井を見る。


 彼女は、

 問題を作ろうとしているわけじゃない。


 ただ、

 問題が無かった場所に

 “線”を引いただけだ。


 それが、

 どこまで許されるのか。


 俺には、

 まだ判断できない。


 だが一つだけ、

 確かなことがある。


 もう、

 「無かったこと」には

 戻らない。


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