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第三十八話:確認されなかった違和感


 朝は、いつもと同じ時間に始まる。


 目覚ましが鳴り、

 止めて、

 起きる。


 その一連の動作に、違和感はない。


 澪は、少し遅れて起きる。

 それも、いつものことだ。


「おはよう」


 俺が言う。


「……おはよう」


 返事は、ほんのわずか遅れる。

 だが、それは誤差だ。


 人は、毎日同じ速度では動かない。


 キッチンでコーヒーを淹れる。

 澪はトースターを見つめている。


 焼けるまで、何もしていない。


「今日は在宅?」


「うん」


 澪は頷く。

 その動きが、ほんの一拍遅れる。


 だが、頷いた。

 それで十分だ。


 ニュースが流れている。

 昨日と同じ話題。


 判断の自動化。

 誤差の排除。

 感情の影響を受けない決定。


「便利だよね」


 俺が言うと、


「そうだね」


 澪は同意する。


 声は穏やかだ。

 感情の揺れは、読み取れない。


 それは、問題じゃない。


 出勤前、

 澪が玄関で靴を履こうとして、止まる。


 紐を持ったまま、動かない。


「どうした?」


「……あれ?」


 澪は小さく首を傾げる。


「結び方、忘れたかと思って」


 笑う。


 冗談だろう。

 そういうことにしておく。


「大丈夫?」


「うん、大丈夫」


 澪は結ぶ。

 少し不器用だが、結べている。


 問題は、無い。


 職場で、書類を確認する。


 判断基準、チェックリスト、

 観測補助員としての作業。


 項目はすべてクリア。


 曖昧なものは、無い。


 帰宅すると、

 部屋は静かだ。


 澪は仕事中だろう。


 声は聞こえない。

 集中しているのだと思う。


 夕方、キッチンで物音がする。


 澪が立っている。


 フライパンは火にかけられていない。


 食材も切られていない。


「何作るの?」


「あ、今から」


 澪はそう言ってから、

 一拍置いて動き出す。


 手順が、少しだけ遅い。


 だが、料理は完成する。


「いただきます」


 二人で食べる。


 味は、いつも通りだ。


「美味しい」


「……よかった」


 澪の返事が、少し遅れる。


 だが、よかったと言った。


 食後、澪はソファに座る。


 テレビはついていない。


 画面を見ている。


「何か見る?」


「ううん」


 即答ではないが、否定だ。


 それ以上、聞かない。


 聞く必要がない。


 澪は、自分のことを分かっている。


 夜、シャワーを浴びる音がする。


 止まる。


 しばらくしても、出てこない。


「澪?」


 呼ぶと、

 少し間があって返事がある。


「大丈夫」


 その言葉は、

 判断を終了させる。


 布団に入る。


 澪は横になるが、目を閉じない。


 天井を見ている。


「眠れない?」


「……たぶん」


 曖昧な返事。


 だが、眠れない夜は誰にでもある。


 問題ではない。


「無理しなくていいよ」


「うん」


 澪は目を閉じる。


 呼吸は整っている。


 少し遅い。

 だが、乱れてはいない。


 俺は思う。


 ――もし、何かがおかしいなら。


 誰かが言うだろう。

 制度が、

 医師が、

 基準が。


 誰も何も言っていない。


 記録にも残らない。


 確認されない違和感は、

 存在しないのと同じだ。


 そう考えると、

 安心して眠れる。


 澪の呼吸が、

 一拍、遅れる。


 それはただの生理的な揺らぎだ。


 俺は目を閉じる。


 問題は、まだ無い。


 少なくとも、

 そう判断されている。


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