第二十八話:第三者確認
午前中、澪はオンライン面談を受けていた。
画面の向こうには、
表情の柔らかい女性担当者がいる。
「雨宮さん、こんにちは」
「こんにちは」
通信は安定している。
音声遅延も無い。
「定期確認ですので、リラックスしてくださいね」
澪は頷く。
このやり取りは、
もう何度目か分からない。
「まず、最近の生活について。
大きな変化はありましたか?」
「特にありません」
即答。
「睡眠は?」
「問題ありません」
「食事は?」
「摂れています」
「対人関係のストレスは?」
「……ありません」
言葉は、
一拍ずつ正確に出てくる。
澪自身、
それを不自然だとは思わない。
担当者はメモを取りながら、
穏やかに微笑む。
「いいですね。とても安定しています」
「ありがとうございます」
「以前より、反応も落ち着いていますし」
以前。
また、その比較。
「ご自身では、どう感じていますか?」
澪は少し考える。
考える、という行為そのものが、
以前より短くなっていることに気づかないまま。
「……楽です」
正直な答えだった。
「感情の起伏も少なくて」
「それは良いことですよ」
担当者は即座に肯定する。
「感情の過剰反応は、負荷になりますから」
「……そうですよね」
「ええ。
今の状態は、社会適応として非常に理想的です」
理想的。
その言葉が、
澪の中に静かに沈む。
「何か、気になることはありますか?」
問いは、形式的だ。
澪は一瞬、
何かを探すように視線を落とす。
だが、
言語化できるものは出てこない。
「……ありません」
「そうですか」
担当者は満足そうに頷く。
「では、今回も介入は不要ですね」
不要。
「この調子を維持してください」
通信が切れる。
画面は暗転し、
自室が映り込む。
静かだ。
その日の夕方、
恒一の同僚が家に来る。
簡単な打ち合わせのあと、
雑談になる。
「澪さん、最近すごく落ち着いてますよね」
突然、そう言われる。
「前に会ったときより、
雰囲気が柔らかくなった気がする」
「そうですか?」
澪は笑う。
その笑顔は、
相手に安心感を与える。
「うん。なんていうか……
話してて楽」
楽。
恒一も頷く。
「俺もそう思う」
二人の視線が、
自然に澪へ集まる。
肯定。
同意。
共有。
澪はその中心に立ちながら、
小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
その夜、
恒一が言う。
「みんな、澪のこと評価してるよ」
「……そうなんだ」
「無理しなくなったからかな」
無理。
「前はさ、
自分で自分を追い込んでたでしょ」
追い込んでいた。
「今は、ちゃんとバランス取れてる」
バランス。
澪は黙って聞く。
否定する理由は、
どこにも無い。
評価。
数値。
第三者の視線。
すべてが一致している。
その一致は、
安心を生む。
同時に、
問いを消す。
夜、澪はベッドに横たわる。
天井を見つめながら、
ふと思う。
――もし、何かが欠けているとしたら。
だが、その思考は、
途中で途切れる。
欠けている、という仮定自体が、
今の自分には不自然だった。
「……大丈夫」
呟く。
誰かに聞かせるためではない。
自分の中で、確認するため。
その言葉は、
今日一日で、
何度も外部から与えられていた。
だからもう、
疑う必要がなかった。
問題は、無い。
それは、
澪だけの判断ではなくなった。




