第二十一話:安心という静音
朝。
恒一は、
目覚ましより少し早く目を覚ました。
理由は無い。
最近、
そういうことが増えた。
隣を見る。
澪は、
もう起きていない。
正確には、
起きた気配が無い。
布団は整っている。
寝室に残された空気が、
最初からそうだったみたいに静かだ。
キッチン。
澪がコーヒーを淹れている。
音が小さい。
「おはよう」
声をかける。
澪は、
一拍。
「……おはよう」
恒一は、
その間を気にしない。
以前なら、
少しだけ気になったかもしれない。
でも今は、
ちょうどいい。
落ち着く。
「今日は?」
「在宅」
短いやり取り。
必要な情報は、
揃っている。
それ以上はいらない。
恒一は、
自分が楽になっているのを感じていた。
澪は、
穏やかだ。
感情の起伏が少ない。
不満を言わない。
だから、
問題が起きない。
問題が起きないことは、
いいことだ。
そう判断している。
出勤前。
靴を履きながら、
澪を見る。
スマホを見ている。
表情は、
読めない。
でも――
困ってはいなさそうだ。
「じゃ、行ってくる」
「……いってらっしゃい」
少し遅い。
でも、
ちゃんと返ってくる。
それで十分だ。
境界市。
職場。
観測補助端末を立ち上げる。
ログ。
データ。
異常値。
今日も、
特に無い。
恒一は、
胸の内で頷く。
「平和だな」
同僚が言う。
「そうですね」
自分も
そう思う。
世界は、
ちゃんと回っている。
だから、
自分が踏み込む必要は無い。
昼休み。
同僚の愚痴を聞く。
家庭の話。
喧嘩。
不満。
恒一は、
相槌を打つ。
「大変ですね」
本心でもある。
自分の生活は、
大変じゃない。
それは、
澪のおかげだ。
帰宅。
夜。
澪は、
リビングにいる。
テレビ。
音量は低い。
恒一は、
その静けさに安心する。
「疲れた?」
「まあ、普通」
普通。
それは、
良い状態だ。
「無理しないでね」
そう言って、
自分が優しい人間だと確認する。
澪は、
一拍。
「……うん」
返事がある。
だから、
大丈夫だ。
夕食。
簡単なもの。
二人で食べる。
会話は少ない。
でも、
気まずくはない。
恒一は、
この沈黙が好きだ。
波風が立たない。
傷つく人がいない。
それが、
正しい関係だと思っている。
風呂。
寝る準備。
布団に入る。
澪は、
先に横になっている。
恒一は、
ふと考える。
――最近、楽だな。
楽であることは、
悪いことじゃない。
頑張らなくていい。
問いを立てなくていい。
澪も、
それを望んでいるはずだ。
だって、
何も言わないから。
恒一は、
そう結論づける。
灯りを消す。
暗闇。
澪の呼吸。
少し遅い。
でも、
規則正しい。
恒一は、
目を閉じる。
世界は静かだ。
安心できる。
問題は、
起きていない。
だから――
今日も、
何もしなくていい。
その判断が、
恒一を眠りに連れていく。
静かなまま。
何も失っていないと
信じたまま。




