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第二十話:仕様変更


 目覚ましが鳴る前に、

 目が覚めた。


 正確には、

 鳴るはずの時間を思い出した。


 起きる。


 ……いや。


 まだ早い。


 体を動かさず、

 そのまま待つ。


 数分後、

 目覚ましが鳴る。


 正解だ。


 私は、

 正しいタイミングで起きた。


 恒一は、

 まだ寝ている。


 彼を起こさないように、

 音を立てずに布団を出る。


 洗面所。


 歯を磨く。


 鏡を見る。


 違和感は、

 もう無い。


 昨日まであったはずの

 “遅れ”は、

 最初からそこにあったみたいに馴染んでいる。


 台所。


 朝食は、

 作らない。


 作らない理由を

 考えない。


 必要が無い。


 コーヒーだけ淹れる。


 一人分。


 恒一の分は、

 後でいい。


 先に決めると、

 ズレるから。


 彼が起きる。


 「おはよう」


 私は、

 一拍。


 「……おはよう」


 恒一は、

 もう何も言わない。


 それが、

 少しだけ嬉しい。


 私の速度が、

 許容された気がする。


 「今日、帰り遅くなる」


 恒一が言う。


 私は、

 考える。


 夕飯。


 連絡。


 待つ。


 どれも、

 問題じゃない。


 「……了解」


 それだけ返す。


 了解は便利だ。


 同意でも、

 拒否でもない。


 判断を含まない。


 在宅作業。


 ログイン。


 システムメッセージ。


 【アップデート通知】


 感情整形アルゴリズムの

 軽微な仕様変更。


 反応時間の補正。


 「ユーザーの負担軽減のため」


 画面を眺める。


 少し、

 笑ってしまった。


 同じだ。


 人も、

 システムも。


 早すぎる反応は、

 疲れる。


 だから、

 遅らせる。


 それが

 優しさだと、

 皆そう言う。


 昼。


 何も食べない。


 空腹を感じてから

 食べた方がいい。


 そう思った。


 でも、

 感じない。


 だから、

 そのままにする。


 問題は無い。


 午後。


 仕事を終える。


 画面を閉じる。


 いつもなら

 すぐ立ち上がる時間。


 今日は、

 少し待つ。


 理由は無い。


 待つこと自体が、

 正解みたいに感じる。


 夕方。


 窓の外。


 雨が降っている。


 朝の話を

 思い出す。


 傘を出す。


 出して、

 そのまま置く。


 外に出る予定は無い。


 でも、

 備えておく。


 備えるだけで、

 十分だ。


 夜。


 恒一はまだ帰らない。


 連絡も無い。


 私は、

 気にしない。


 気にしないように

 なった。


 テレビをつける。


 音量を下げる。


 内容は、

 頭に入らない。


 それでいい。


 判断しなくていい。


 玄関の音。


 恒一が帰ってくる。


 「ただいま」


 私は、

 少し遅れて。


 「……おかえり」


 「ご飯、どうする?」


 質問。


 私は、

 考える。


 作る。


 作らない。


 外。


 でも――


 答えは

 もう決まっている。


 「……任せる」


 恒一は、

 少し笑う。


 「じゃあ、簡単なものでいい?」


 私は、

 頷く。


 それで、

 全てが収まる。


 食事。


 会話。


 沈黙。


 どれも

 問題にならない。


 寝る前。


 布団に入る。


 恒一が言う。


 「最近、落ち着いてるよね」


 評価。


 私は、

 少し遅れて。


 「……そう?」


 「うん。いい感じ」


 いい感じ。


 それは、

 正解だ。


 胸の奥が、

 静かに確定する。


 私は、

 ズレを修正したわけじゃない。


 世界の速度に

 合わせただけ。


 合わせ続けた結果、

 ズレが消えたように見えるだけ。


 それは、

 仕様変更。


 不具合じゃない。


 私は、

 今日も問題を起こさなかった。


 それが、

 私の価値だ。


 だから――

 明日も、

 同じ速度で生きる。


 少し遅く。


 誰にも

 引っかからない速さで。


 問題は、

 やっぱり無かった。


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