表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/64

第十一話:委ねられた判断


 恒一は、

 自分が「選んでいない」ことに気づいていなかった。


 選ばなかったのではない。

 最初から、選択肢として意識していなかった。


 朝。

 澪はいつも通り起きて、

 いつも通り朝食を用意する。


「今日は仕事?」


「うん。午後から」


「そっか」


 会話はそれだけで、足りていた。


 澪が静かなのは、昔からだ。

 無理に明るく振る舞うこともないし、

 感情をぶつけてくることもない。


 恒一は、その在り方を

 「大人だな」と思っていた。


 だから疑わなかった。


 疑う理由が無かった、

 というより――

 疑う必要性を感じなかった。


 出勤前、

 恒一は端末を確認する。


【観測補助業務ログ】

【異常通知:なし】


 いつも通りの表示。


 異常が無いなら、

 何もしなくていい。


 それが仕事のルールであり、

 生活のルールでもある。


 昼休み。

 同僚が言う。


「最近、感情整形の依頼増えてるよな」


「そうだね」


「問題が起きる前に処理できるのは、

 いいことだと思うけど」


 恒一は頷く。


「そうだね。

 問題にならないなら、それが一番だし」


 口にしてから、

 違和感はなかった。


 “問題にならない”

 それは、

 誰にとっての基準なのか。


 そんな問いは、

 浮かばなかった。


 帰宅。

 澪はリビングにいる。


 膝を抱えて座っているが、

 顔は穏やかだ。


「おかえり」


「ただいま」


 恒一は、

 一瞬だけ澪を見る。


 変わったところは無い。

 少なくとも、

 変わったと判断できる材料は無い。


「今日も大丈夫だった?」


 その言葉は、

 気遣いのつもりだった。


「うん。問題なかった」


 澪は、

 そう答えることに慣れている。


 恒一は安心する。


 本人がそう言っている。

 記録もそうなっている。


 なら、

 自分が踏み込む理由は無い。


 夜。

 二人は並んで座る。


 テレビの音が、

 部屋を満たす。


 澪が、

 少しだけ身を寄せる。


 恒一は、

 その重みを感じる。


 拒まれていない。

 求められている。


 そう解釈した。


 澪の体温は、

 確かにそこにある。


 だが――

 それ以上の何かを、

 感じ取ろうとはしなかった。


 感じ取れなかったのではない。

 感じ取る責任を、自分に課さなかった。


 寝る前。

 恒一は考える。


 自分は、

 ちゃんとやれているだろうか。


 すぐに答えが出る。


 ・問題は報告されていない

 ・異常通知も無い

 ・澪本人も「大丈夫」と言っている


 なら、

 大丈夫なのだ。


 自分が余計な心配をする方が、

 かえって失礼だ。


 そう思うことで、

 胸のざわつきは静まる。


 判断は、

 自分ではなく――

 すでに委ねられている。


 制度に。

 記録に。

 本人の言葉に。


 恒一は、

 それらを信じて眠る。


 その信頼が、

 誰かを削っている可能性を――

 考えずに済むように。


 問題は、

 今日も無かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ