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第十話:確認された正常


 通知音は、

 いつもより少しだけ早く鳴った。


【定期感情状態チェックのご案内】

【対象:雨宮 澪】

【推奨応答期限:本日中】


 澪は、画面を閉じなかった。

 閉じなかったというより、閉じる理由が見当たらなかった。


 期限は「推奨」だ。

 強制ではない。

 けれど、先延ばしにするほどの理由も無い。


 澪はそのまま、

 チェック開始を選択した。


 映像が立ち上がる。


「こんにちは、雨宮さん」


 担当者の声は、穏やかで、一定だった。


「こんにちは」


 澪の声も、同じだった。


「本日は簡易確認です。

 最近、日常生活で困っていることはありますか?」


 澪は、一瞬だけ考える。


 困っている、という言葉が、

 どこを指しているのか分からなかった。


「……特にありません」


 嘘ではない。

 困っている“と認識していること”は、無かった。


「睡眠、食事、対人関係に変化は?」


「ありません」


 画面の端に、数値が流れる。


 情動安定度:基準内

 反応遅延:検出なし

 自己否定傾向:軽微(問題なし)


「非常に安定していますね」


 その言葉を聞いた瞬間、

 澪の胸が、少し軽くなる。


 安心、というより――

 確認されたことへの安堵。


「同居されている方との関係も、良好と記録されています」


「はい」


「衝突や、不安は?」


 澪は、首を振る。


「ありません」


 その言葉は、

 喉に引っかからなかった。


「では、今回の判定です」


 一拍。


【総合判定:問題なし】


 表示された文字は、

 整っていて、曖昧さが無い。


 澪は、それを見つめる。


 問題は、無い。

 だから、修正は不要。

 介入も不要。


「何か気になることがあれば、

 いつでも相談してください」


「はい」


 通信は終了した。


 画面が暗くなったあとも、

 澪はしばらく動かなかった。


 胸の奥に、

 わずかな圧が残っている。


 だが、それは

 “問題”と呼べるほどのものではない。


 そう判断された。


 午後。

 恒一が帰ってくる。


「今日、チェックだった?」


 澪は頷く。


「うん。問題なかった」


「そっか」


 恒一はそれ以上、何も聞かない。


 澪も、何も付け足さない。


 それで十分だと、

 どちらも思っている。


 夕食を作りながら、

 澪はふと考える。


 もし、

 「少しだけ違和感がある」と言っていたら。


 もし、

 言葉にしづらい何かを、

 無理にでも伝えようとしたら。


 その先の反応は、

 想像できなかった。


 想像できないものは、

 選択肢にならない。


 夜。

 布団に入る前、

 澪は自分に問いかける。


 ――私は、ちゃんと大丈夫だろうか。


 だが、その問いは、

 すぐに上書きされる。


 大丈夫かどうかは、

 既に確認された。


 確認された事実は、

 感覚よりも優先される。


 だから澪は、目を閉じる。


 問題が無いと判断された世界で、

 静かに、眠る。


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