表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したら内装工だった件 ~壁を立てて国を救う職人無双~  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/24

第8章「壁を立てる——パーティション工法の確立」

坑道の修復が完了したのは、交渉成立から一ヶ月後のことだった。


 崩落していた十二メートルの区間が、ミスリル合金製の支保工で補強され、再び通行可能になった。その先には、予想通り、豊富なミスリル鉱脈が眠っていた。


 岩蜥蜴との遭遇は、幸いにも避けられた。排水坑道は、魔獣の縄張りから外れた場所に通じていたのだ。


 ミスリルの採掘量は、一気に増加した。


 それに伴い、LGS材の生産も本格化した。ギルドから派遣された職人たちが、グスタフやゴルドから技術を学び、加工作業に従事する。


 建吾は、その間も新しい工法の開発を進めていた。


「パーティション」


 リーゼロッテの執務室で、建吾は新しい設計図を広げた。


「可動式の間仕切り壁だ」


「可動式……ですか?」


「そうだ。今までの壁は、一度作ったら動かせなかった。だが、この工法を使えば、壁の位置を後から変えられる」


 リーゼロッテは、設計図を見つめた。


 床と天井にレールを設置し、そこにミスリル製の壁パネルを差し込む構造。パネルは取り外し可能で、配置を変えることで部屋の形を自由に変えられる。


「これは……便利ですね」


「便利なだけじゃない。城の防衛にも使える」


「防衛?」


「敵が城内に侵入してきたとき、壁の配置を変えることで、敵の進路を制御できる。袋小路に誘い込んだり、こちらに有利な地形を作ったりできる」


 リーゼロッテの目が、驚きで見開かれた。


「そんなことが……可能なのですか」


「原理的にはな。実際にやるには、訓練が必要だが」


 リーゼロッテは、しばらく設計図を見つめていた。


 それから、顔を上げた。


「ケンゴ様。この工法を、我が城に導入したいのですが」


「もちろんだ。そのつもりで設計した」


「ありがとうございます。……ただ、一つお願いがあります」


「何だ」


「この工法を、他の領主にも紹介していただけませんか。この技術が広まれば、王国全体の防衛力が向上します」


 建吾は、リーゼロッテの言葉に少し驚いた。


 自分の領地だけでなく、王国全体のことを考えている。この若い領主は、本当に優れた為政者の資質を持っている。


「わかった。だが、まずはここで実績を作る。それから、他領に売り込む」


「はい。よろしくお願いします」


      ◇  ◇  ◇


 パーティション工法の試験施工は、グライフェンベルク城の大広間で行われた。


 大広間は、元々は一つの大きな空間だった。宴会や式典に使われる場所で、普段は使われていない。


 建吾は、この空間を可動式の壁で区切ることにした。


 まず、床と天井にレールを設置する。ミスリル合金製のU字型レール。これを、壁面と平行に、二メートル間隔で配置する。


 次に、壁パネルを製作する。


 ミスリル製のLGS骨組みに、薄い木板を貼り合わせた構造。高さは三メートル、幅は一メートル。一枚あたり約二十キロ。成人男性なら、一人で持ち運べる重さだ。


「これを、レールに差し込む」


 建吾は、職人たちに実演した。


 パネルの下部に付いたローラーを、床のレールに乗せる。上部のフックを、天井のレールに引っ掛ける。


 カチン。


 パネルが、所定の位置に固定された。


「これを繰り返せば、壁ができる」


 建吾は、次々とパネルを設置していった。


 十分後。


 大広間は、三つの部屋に区切られていた。


 見学していた職人たちから、驚嘆の声が上がった。


「こんなに早く壁ができるとは……」


「しかも、取り外せるのか」


「石を積む必要がない。これは革命だ」


 ゴルドが、興奮した様子で建吾に近づいてきた。


「おい、ケンゴ。これは凄いぞ。ドワーフの歴史でも、こんな工法は聞いたことがない」


「ドワーフにもないのか」


「ああ。俺たちは岩を掘るのは得意だが、こういう発想はなかった。壁は、一度作ったら動かさないものだと思っていた」


「発想の転換だ」


 建吾は、完成した壁を見つめながら言った。


「壁は、空間を区切るためのものだ。でも、空間の使い方は、時と場合によって変わる。だから、壁も変えられるようにする。それだけのことだ」


「それだけのこと、か」


 ゴルドは、感心したように頷いた。


「お前の頭の中は、どうなってるんだ」


「普通だ。ただ、現場を十五年やってきただけだ」


      ◇  ◇  ◇


 パーティション工法の評判は、すぐに広まった。


 最初に反応したのは、近隣の領主たちだった。


 ヴァイスベルク伯爵家、メルヘン男爵家、フリードリヒ騎士家——以前に修繕を依頼してきた領主たちが、次々と新工法の導入を打診してきた。


 建吾は、一つ一つの依頼を吟味し、実施可能なものから順に引き受けていった。


 同時に、職人の育成も進めた。


 ギルドから派遣された十人の職人に加え、グライフェンベルク領内からも希望者を募った。彼らに、ミスリル加工の技術、墨出しの技術、パーティション工法の施工技術を教えていく。


 建吾が直接教えられる人数には限りがある。だから、「教える人」を育てることにした。


「俺から学んだことを、次の人に教えてくれ」


 建吾は、最初の弟子たちに言った。


「そうやって、技術を広げていく」


 ゴルドが、その言葉に反応した。


「技術を秘密にしないのか?」


「しない」


「なぜだ。技術は、金になる。独占すれば、大儲けできるだろう」


「金は、必要な分だけあればいい」


 建吾は、窓の外を見ながら言った。


「俺がこの世界に来た理由は、わからない。だが、やりたいことはわかっている」


「やりたいこと?」


「建築技術を広めることだ。より多くの人が、より良い空間で暮らせるようにすること。それが、俺の仕事だ」


 ゴルドは、しばらく黙っていた。


 それから、ふん、と鼻を鳴らした。


「変わった人間だな、お前は」


「そうか?」


「ああ。だが、嫌いじゃない」


 ゴルドは、ぶっきらぼうに言って、作業に戻っていった。


      ◇  ◇  ◇


 二ヶ月後。


 グライフェンベルク領の城砦修繕は、ほぼ完了していた。


 北東塔の構造補強。主塔の壁の修復。大広間のパーティション化。そして、城全体の防水処理。


 城は、見違えるように蘇っていた。


 壁の亀裂は消え、雨漏りは止まり、かつての威容を取り戻していた。さらに、可動式の壁が追加されたことで、空間の使い勝手が大幅に向上していた。


「素晴らしいです、ケンゴ様」


 リーゼロッテは、完成した城を見上げながら言った。


「父が亡くなってから、この城がどうなるか、ずっと心配していました。でも、こうして蘇った城を見ると……」


 彼女の目に、涙が滲んでいた。


「父も、喜んでいると思います」


「そうか」


 建吾は、特に何も言わなかった。


 仕事を終えた。それだけのことだ。


 だが、リーゼロッテの涙を見て、建吾は確かな達成感を覚えていた。


 これが、俺の仕事だ。


 人が住む場所を、守る場所を、作る。


 それを、ここでも実現できた。


      ◇  ◇  ◇


 その夜。


 城では、修繕完了を祝う宴が開かれた。


 領内の有力者たちが集まり、料理と酒が振る舞われた。建吾も、主賓の一人として招かれた。


 宴の途中、リーゼロッテが建吾のところにやってきた。


「ケンゴ様。少し、お話しする時間をいただけますか」


「ああ」


 二人は、宴会場を抜け出し、城壁の上に出た。


 夜空には、二つの月が浮かんでいた。一つは白く、もう一つは青く。その光が、修繕された城壁を柔らかく照らしている。


「お礼を、改めて申し上げたくて」


 リーゼロッテは、月を見上げながら言った。


「ケンゴ様がいなければ、この城は崩壊していたでしょう。私も、領主として何もできなかったと思います」


「俺は、頼まれた仕事をしただけだ」


「それでも……感謝しています」


 リーゼロッテは、建吾に向き直った。


「ケンゴ様。これからも、この領地にいていただけますか」


「……どういう意味だ」


「私の、相談役として。いえ、それだけではなく……」


 リーゼロッテの頬が、月明かりの中で赤く染まっていた。


「……もっと、近くにいてほしいのです」


 建吾は、リーゼロッテの目を見た。


 まっすぐな瞳。若い女性の、まっすぐな想い。


 建吾は、三十七年の人生——この世界に来てからの記憶を含めても——で、こういった経験がほとんどなかった。仕事一筋で生きてきた。恋愛は、遠い世界の出来事だった。


 だから、どう答えればいいのか、わからなかった。


「……俺は、内装工だ」


 建吾は、ゆっくりと言った。


「貴族でも、騎士でもない。お前の隣に立てる身分じゃない」


「身分など、関係ありません」


「関係なくない。この世界には、この世界のルールがある」


「ルールは、変えられます」


 リーゼロッテは、一歩、建吾に近づいた。


「ケンゴ様は、この城を変えました。建築の常識を変えました。それなら、社会のルールだって……」


「それは、違う」


 建吾は、首を振った。


「俺が変えたのは、技術だ。技術は、正しいものが広まる。だが、社会は違う。人の心は、技術のようには変わらない」


 リーゼロッテは、悲しそうな顔をした。


「では……私の気持ちは、受け入れていただけないのですか」


「今は、答えられない」


 建吾は、正直に言った。


「俺には、まだやるべきことがある。この世界の建築を、もっと良くしたい。そのためには、もっと多くの場所を見て、もっと多くの人に技術を教えなければならない」


「……」


「お前の気持ちは、ありがたい。だが、今の俺には、それに応える余裕がない」


 リーゼロッテは、しばらく黙っていた。


 それから、小さく笑った。


「ケンゴ様らしいですね」


「すまない」


「いいえ。謝らないでください。……私は、待ちます」


「待つ?」


「ケンゴ様がやるべきことを終えるまで、待ちます。それまで、私も領主としての務めを果たします」


 リーゼロッテは、月を見上げた。


「いつか、お互いのやるべきことが終わったとき、もう一度、この話をしましょう」


 建吾は、何も言えなかった。


 ただ、リーゼロッテの横顔を見つめていた。


 この若い女性は、自分よりもずっと強いのかもしれない。


 そう、思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ