日本內戰錄 第七十五號記錄 ー 終戦ノ報 ー
十月二十三日。
午前の検査を終えて休憩室の椅子に腰を下ろしたところで、
医療所のスピーカーが突然、大きく鳴った。
いつもの呼び出し音とは違い、雑音の奥に緊張があった。
「……本日正午、帝国政府が降伏を宣言。
革命軍、戦争に勝利。
即時停戦体制へ移行せよ」
一瞬、時間が止まったように感じた。
周囲の兵も医官も固まり、誰もすぐには言葉を発せなかった。
戦争が……終わった?
ようやく意味が追いついたとき、
胸の奥に重く張り付いていた膜がゆっくりと剥がれるような感覚があった。
喜びというより、長く呼吸を止めていた肺に
ようやく空気が入った、そんな感じだった。
黒田のことが浮かんだ。
あいつはこの瞬間を見られなかった。
他にも、名前すら知らないまま消えていった兵がどれほどいるのか。
勝利は確かに勝利だが、
手放しで喜べるような戦の終わり方ではなかった。
廊下の向こうで、誰かが無言で空を見上げていた。
曇り空の隙間から差す光が、
今日はなぜかやけに遠く感じた。
大淵はどうしているだろう。
前線に復帰したと聞いてから、詳しい知らせは一度も来ていない。
生きているのか、負傷しているのか、
それとも――
考えても答えの出ないことは、今は考えない。
ただひとつ確かなのは、
銃声のない世界が、ようやく戻ってきたということだけだ。
―― 河合 慎
十月二十三日。
午前の処置がひと区切りつき、
包帯の山を整理していたときだった。
院内放送が突然、異常な音量で鳴った。
「帝国政府、降伏を宣言。
革命側の勝利により戦闘行為は全面停止。
医療班は後送体制の準備を開始せよ」
手が止まった。
周囲の看護兵たちも同じように動きを止め、
数秒の沈黙が医療所を包んだ。
次の瞬間、
誰かが深く、長く、息を吐いた。
泣き声でも歓声でもない。
ただ、生き延びた者だけが漏らす静かな息だった。
ここに運び込まれ、治療を受けた者は数知れない。
戻れた者もいれば、
名前を残せなかった者もいた。
その重さを知る場所だからこそ、
“勝利”という言葉が簡単には飲み込めなかった。
机の上に置かれたカルテの一枚に目が止まる。
黒田の名も、榊原の名も、
今はもう更新されることはない。
それでも今日だけは、
この医療所の静けさを受け入れてもいいと思った。
長い長い戦争が終わった。
それ以上の言葉は必要なかった。
―― 坂井 苑




