日本內戰錄 第七十三號記錄 ー 前線復帰一日目 ー
十月十三日。
復帰初日。
前線に戻った瞬間、空気の重さが肌にまとわりついた。
ここ数日の戦況悪化は噂で聞いていたが、実際に陣地の様子を見ると噂以上だ。塹壕は急造の補強材で固められ、休憩所には見慣れない顔が増えていた。入れ替わりが激しすぎて、名前を覚える暇すらない。
任務は稜線沿いの監視。
前線が後退しているため、敵の動きが読みづらくなっているらしい。
隊長は短く言った。
「敵偵察隊が近くまで来ている可能性がある。
静かに、慎重に動け」
山道は落ち葉を踏むと乾いた音が鳴り、風が吹くたびに砂埃が舞う。
空は晴れているが、どこか色が薄い。
本部爆撃の煙が届いているわけではないが、目に見えない不穏さが空気に混ざっている。
監視地点に着き、岩陰から谷を見下ろす。
双眼鏡を覗く手にまだ力が入らない。
傷は動けるほどには塞がっているが、完全ではない。
それでも銃の重さだけは自然に馴染んだ。
しばらく静寂が続いた。
遠くの砲声だけが一定の間隔で響く。
その音がやけに低く聞こえるのは、俺の勘が鈍ったのか、
それとも戦況が実際に沈んでいるからなのか、判断がつかない。
昼過ぎ、無線が小さく鳴った。
「北東の谷に不審な動き。影三つ確認」
隊長が手で合図し、小隊が散開する。
俺も岩陰から銃を構えた。
視界の端に黒い動き――
敵の斥候だ。
引き金を引くと、腹の傷がわずかに疼いた。
だが感覚はまだ鈍っていない。
一人が倒れ、二人が散開して逃げる。
追撃はしない。
いまの戦力では深追いは自殺行為だ。
任務終了後、陣地へ戻る途中、若い兵がぽつりと呟いた。
「……本当に、終わりが近いんじゃないですか」
誰も否定しなかった。
今日の空の色は、戦争の終わりを告げる色に見えた。
復帰初日は、静かだが確実に“崩れゆく音”が響く一日だった。
―― 大淵 貞男




