日本內戰錄 第七十ニ號記錄 ー 終ワリノ足音 ー
九月三十日。
本部病院のベッドは妙に柔らかく、身体が沈むわりに、眠りだけは沈んでこない。天井の白さは、傷口よりも目に痛い。右脇腹の痛みは、痛み止めが効いているあいだだけ少し遠のくが、それでも呼吸を深くすればすぐに顔を出してくる。
廊下を行き来する足音は少ない。
戦況が苦しいせいで、前線で処置するだけして、そのまま戻れない者が増えたと聞いた。ここにたどり着けるのは、まだ運がいいほうらしい。
昼前、窓の外で鈍い音がした。爆撃の音にしては遠いが、それでも地面を通して腹に響くような低い振動だった。反射的に身構えたが、当然ここからでは何もできない。ただ天井を見つめたまま、音が止むのを待った。
しばらくして、隣のベッドの男が小声で言った。
「……本部がやられたらしい」
最初は聞き間違いだと思った。
だが、廊下を通る衛生兵二人が、同じようなことを囁いているのが耳に入った。
「司令部の一部が火を吹いた」
「詳細は分からんが、空からまとめてやられた」
それで十分だった。
前線を押し込まれていたことは、ここに運ばれてくる兵の減り方で分かっていた。だが本部が爆撃されるというのは、単にラインが下がったという程度の話ではない。
“後ろ”だと思っていた場所そのものが、もう安全ではないという意味だ。
病室の空気が少し変わった。
誰も大声は出さない。
泣く者も叫ぶ者もいない。
ただ、視線が合うたびに、互いの胸の内を悟るだけだ。
長くはもたない。
戦線としても、この国としても。
枕元に置かれた水筒を手に取ると、指先が少し震えていた。
恐怖かと問われれば、そうかもしれない。
悔しさかと問われても、否定はできない。
だが一番近いのは“空虚”だった。
ここまで積み上げてきた死と負傷の山が、
一発の爆撃で一気に崩れていくような感覚。
窓の外には、低い雲が垂れ込めていた。
かつては味方の戦闘機が飛び交っていた空だ。
今そこにあるのは、
いつ爆撃機が現れてもおかしくない、ただの“敵の通り道”かもしれない。
終戦が近いと、誰かが言ったわけではない。
だが、兵として前線に立ってきた身には分かる。
ここまで押し込まれ、本部まで叩かれた以上、
この戦いに残されているのは
「どこで」「どのように終わるか」
という形だけだ。
包帯越しに脈打つ傷の痛みより、
この国の終わりの足音のほうが、
よほどはっきりと胸の内に響いていた。
―― 大淵 貞男




