日本內戰錄 第七號記錄 ― 七月八日・谷沿い哨戒線 ―
七月八日。
霧がひどく、森の形が歪んで見えた。
こんな日に哨戒に出す司令部の頭を疑うが、
文句を言ったところで霧が晴れるわけじゃない。
黒田は補給で別行動。
今日は三名で谷沿いを下る。
昨日の陣地近くで帝国側が動いたという報告があったから、
確認に来ただけだ。
斜面を降りているとき、
前方で枝が折れる音がした。
軽い音ではない。
兵士か、あるいは複数。
全員が止まり、身を伏せた。
霧が邪魔で距離は掴めない。
だが、“何か”が動いているのは分かった。
しばらくして、
斜面の上方からわずかな気配。
視界の端で、服の影が揺れた。
撃った。
単発で三発。
反動で湿った空気が揺れた。
すぐに相手が撃ち返してきたが、
照準は荒かった。
霧と斜面のせいか、訓練不足か。
弾は木の根元に散らばって終わった。
そのとき、足音が乱れた。
誰かが転んだ音。
敵が一名、体勢を崩したのだろう。
当たったかどうかまでは分からない。
深追いする案も出たが、却下した。
この天候で斜面を追えばこちらが崩れる。
それに相手は三名。
負傷者が一人いても、残る二人が射線を作る。
“追う価値はない” と判断した。
霧が晴れかけた頃、銃声は完全に止んだ。
相手が退いたか、方向を変えたのだろう。
結局、名前も顔も一つも分からなかった。
戦果は不明。
撃った瞬間に手応えのようなものはあったが、
霧の中では何も確かではない。
司令部に戻る途中、
後輩の松本が「撃たれなくてよかったですね」と言った。
俺は笑ったふりをしたが、
本当は逆だった。
―― “撃たれなかった理由のほう” を考えていた。
運か、距離か、相手の腕か。
どれでもいい。
今日はそれで生きている。
―― 河合 慎




