日本內戰錄 第六十五號記錄 ー 空ニ消エタ影 ー
九月二十五日。
前線の陣地で武器点検をしていると、
遠くの空で重い音がした。
地面を震わせるような、
爆撃とも違う、
空気が裂けるような音。
その直後、上空を何かが通り過ぎた。
姿は見えなかったが、
ジェット機の通過音だった。
機数は多い。
味方か敵か判別できないまま、
兵たちは空を見上げていた。
しばらくして、
本部の無線が途切れ途切れに入った。
「味方攻撃隊、帰投中に敵編隊と交戦……
詳細不明……
一機、消息を失う……」
一機。
その言葉だけが妙に耳に残った。
午後、補給線沿いで警戒任務に移動すると、
背後の山の向こうで黒煙が上がった。
風のせいで煙は細く伸び、
場所も距離もはっきりしなかった。
同行していた伍長が
「空の連中がまたやられたかもな」
と呟いた。
日比谷の名が頭をよぎった。
数日前、病院で見たあの若い顔。
復帰したばかりで、
まだ戦争の重さを身体に染み込ませきれていないような目をしていた。
夕方、陣地に戻ると、
空軍との連絡将校が短く言った。
「八機編隊が敵戦闘機と遭遇。
五機撃墜、三機は離脱成功。
一機、帰還せず。
たぶん……落ちた」
誰が落ちたかまでは言わなかった。
聞く者もいなかった。
空の戦いは、地上より早い。
そして、残酷だ。
高く飛ぶほど、落ちれば死ぬ。
夜、照明の下で整備兵が煙草を吸っていた。
火だけが小さく揺れた。
戦友が死んだわけではない。
顔見知りがいなくなったわけでもない。
だが、胸の奥が急に重くなる瞬間があった。
空に消えた影は、
名簿の一本の線で片付けられる。
それでも、
どこかでまだ飛んでいる気がしてならない。
―― 大淵 貞男




