日本內戰錄 第六十一號記錄 ー 三十分ノ地獄 ー
九月二十一日。
午前の巡視から戻った直後、
北東の丘陵地帯に敵影との報告。
中隊は即応態勢のまま、急ぎ前進した。
敵は二十数名。
装甲車が二両。
こちらは三十名と、旧式ながら戦車が一両。
編成だけ見ればこちらが優勢に見えるが、
地形を取られれば話は違う。
接触は突然だった。
装甲車の機銃が先に火を吹き、
部隊の前列が土煙に飲まれた。
そこから先の三十分は、
時間というより“途切れない衝撃”としてしか記憶に残らない。
我々の戦車が先に反撃し、
装甲車の一両を横から撃ち抜いた。
爆炎が上がり、敵歩兵が散り散りに動いた。
敵は丘の斜面に陣取っており、
上から撃ち下ろされる形になった。
こちらは遮蔽物が少なく、
射線を切るのに時間がかかった。
小隊の一人が肩を撃たれて崩れ、
別の一人は頭を押さえながら後ろに倒れた。
負傷が続き、
誰かが大声で命令を飛ばしたが、
銃声に飲まれてほとんど聞こえなかった。
残った装甲車がこちらの戦車に弾を浴びせ、
車体の一部が火を吹いた。
それでも砲手は撃ち返し、
二両目の装甲車も横転させた。
その瞬間、敵の隊列が乱れた。
斜面を利用して側面に回り込み、
射撃を続けた。
敵の動きは徐々に鈍り、
一人また一人と倒れていった。
最後に立っていた敵兵が
斜面を転がり落ちたのを見て、
ようやく終わったのだと理解した。
戦闘は三十分。
だが、もっと長く感じた。
こちらの損害は大きい。
四名死亡。
八名が負傷し、そのうち二名は重傷。
俺も右脇腹を撃たれた。
貫通ではなく、
肉が抉れたような痛みだった。
戦闘後、
衛生兵に肩を貸されながら後退し、
野戦病院へ送られた。
移動の振動だけで脇腹が焼けるように痛む。
担架の布が血で湿っていた。
敵は全滅と報告された。
だがその結果を見ても、
勝ったという感覚はない。
ただ、生き残ったというだけだ。
―― 大淵 貞男




