日本內戰錄 第五十五號記錄 ― 静かな再会 ―
九月十五日。
捕虜交換から戻り、ようやく味方の土と空気の匂いを吸った。
本部の医療棟は、相変わらず消毒液の臭いと湿った木材の香りが混じっている。
坂井に案内され、
「彼なら……起きてるよ」と言われた。
カーテンを開けると、河合がベッドにもたれていた。
包帯の巻かれた足が痛々しいが、表情はいつもの無愛想だった。
「……帰ってきたか、黒田」
その声を聞いた瞬間、何かが胸に落ちた。
安堵よりも、「やっと繋がった」と思った。
「悪い。心配かけた」
河合は眉をひそめ、不器用に笑った。
「……捕虜交換の名簿でお前の名前を見た時な。
安心したが……同時に腹も立った。
置いていかれた気がした」
「……悪かった」
そう返すと、河合は首を振った。
「生きて戻ったならそれでいい。
死んだ奴は何も言えんからな」
病室の外で担架の金属音が響く。
どこもかしこも、まだ戦争の真ん中だ。
「退院したらまた補給、頼むぞ。
……できれば、二度と撃たれるな」
「善処する」
それだけで、十分だった。
戦友の間に戻るには、言葉はいらない。
―― 黒田 翔
九月十五日。
黒田が戻ってきた。
捕虜交換で帰還した兵の一人として名簿にあったが、
実際に本人を見るまでは安心できなかった。
廊下で彼を見つけた時、
顔色は悪いが、目だけはいつもの黒田だった。
「河合のところまで案内しようか」
黒田は小さく頷いただけだ。
病院に戻ってきた兵は、皆だいたい同じ顔をする。
どこか他人事のようで、どこか現実をつかみきれないような表情。
カーテンをめくると、
河合がこちらを見た。
二人が視線を合わせた瞬間、
言葉よりも先に“沈黙”が落ちた。
それは医療者には作れない、
戦友同士にしかできない静けさだった。
私は部屋から離れようとしたが、
河合が小さく言った。
「……坂井。黒田の足の状態、どうだ」
「捕虜時の拘束で筋が固くなっているだけ。
動けば戻る。問題はない」
河合は目を閉じて息を吐いた。
黒田は何も言わず、ただそのやり取りを聞いていた。
二人がどれほど積み重ねてきたか、
私は知らない。
けれど、
“生きて再び会う”という事実は、
戦場では奇跡に近い。
数分後、私は記録のため病室を離れた。
背後で、二人が小さく話す声がした。
内容までは聞こえない。
だが、あの声の質だけで十分だった。
―― 坂井 苑




