日本內戰錄 第五十四號記錄 ― 鉄の音が聞こえない場所で ―
九月十二日。
F–86F改修型に乗っていた時間より、
病院のベッドで過ごす時間のほうが長くなってきた。
部屋の蛍光灯は白く、
金属フレームのベッドは冷たい。
1970年代の軍病院なんてこんなものだと
軍医は笑っていたが、
笑えたのは最初だけだった。
医務官がカルテを紙クリップで留めて、
ベッド脇に置いた。
点滴瓶はガラス製で、
ぽたぽた落ちる音だけが妙に響く。
左足の痺れは前より引いてきたが、
医務官の言葉はまだ曖昧だ。
「歩けるようにはなる。
だが……飛べるかどうかは、判断には時間が要る」
F–86Fは旧式機だ。
軋む金属音も、
加速時の低い唸りも、
新しい機体にはない癖ばかりだが、
それでも俺には“戻る場所”だった。
いまは、どこにも戻れない感覚だけがある。
廊下の方から、
担架の車輪が金属音を立てて通り過ぎる。
1970年代の古い病院は何でも音が響く。
遠くで誰かがうめき、
ナース室の電話がジリリと鳴る。
前線の音とは違う、
ここ独特の戦場がある。
聞こえてきた兵士たちの会話では、
革命側との衝突で死者が増え、
負傷兵がひっきりなしに運ばれているらしい。
ベッドに寝ていると、
“欠けていく人の数”だけが耳に入る。
自分は何も撃っていないのに、
名簿だけは「生存者」に載っている。
それが妙に胸に刺さる。
夕方、
軍医が状態を見に来た。
「日比谷、焦るな。
F–86は古いが、まだ戦える機体だ。
だが、お前が戻るには足の回復が必須だ。
痛みが引くまでは訓練にも出せん」
焦るなと言われても、
焦りしかない。
外を見れば、
救急車がまた停まった。
担架が二つ、影のように運ばれていく。
俺はまだ生きていて、
銃も握らず、
空も飛ばず、
ただ寝ている。
それが、今日いちばん重かった。
記録は以上。
―― 日比谷 守




