日本內戰錄 第五號記錄 ― 七月七日・第三補給路にて ―
七月七日。
朝から嫌な天気だった。
雨でも晴れでもなく、空気が重い。
こういう日は足音が遠くまで響く。
補給路としては最悪だ。
今日は弾薬箱と乾パンの運搬。
三往復する予定だったが、道がぬかるんで
予定は当てにならなくなった。
車両は使えない。泥に沈む。
結局、背負って歩くしかない。
二往復目の途中、
前方の谷から短い銃声が聞こえた。
距離はある。
多分、別中隊が接触したのだろう。
こちらへの被害はなし。
ただ、銃声の方向を聞けば、
今日の“運の悪さ”くらいは判断できる。
第三補給点に着くと、
隊長が焦った顔で言った。
「昨日から弾が足りない。半分でいい、早く渡してくれ」
半分では足りないだろうが、
こちらも持ち歩ける量に限界がある。
全ての要求に応えることは無理だ。
戻る途中、古い橋が崩れていた。
昨夜の砲撃の余波だろう。
谷底には木片と砂埃だけが落ちている。
誰も落ちていないことを願うが、
確認する術はない。
補給所まで戻った頃には夕方になっていた。
靴の中は泥水だらけで、
足の感覚が曖昧になっていた。
それでも明日も歩く。
歩かなければ、誰かの弾が尽きる。
河合たちがどこの戦線にいるのか、
詳しくは知らない。
だが、今日の銃声の一部は
あいつらの近くで鳴ったのかもしれない。
補給兵は撃つ機会が少ない。
それでも死ぬときは、わりとあっけない。
だから荷物を置いたあと、
銃の油を塗り直しておいた。
明日も歩く。
それだけだ。
―― 黒田 翔




