日本內戰錄 第四十四號記錄 ― 復帰までの空白 ―
八月二十二日。
前線復帰まで、あと一週間ほどと言われた。
胸の痛みはまだ深く、
腕の可動域も十分ではない。
担当医は「前線に戻すには早い」と言ったが、
上からの圧力もあるのか、
“あと一週間で判断する”という曖昧な言葉に変わった。
病院の廊下は静かだ。
だが、その静けさは前線の静けさとは別物だ。
ここでは痛みと呻き声だけがひっそり流れている。
今日も三度ほど、
担架が急いで運ばれていった。
誰が運ばれたのかは聞かない。
聞いても意味がない。
光太は別の野戦病院にいる。
彼の負傷報告が届いたのは昨日だ。
命に別状はないとだけ記されていた。
胸の奥がじんとした。
自分より若い部下が、
前線で血を流し続けているという現実が重い。
看護兵が薬を持ってきたとき、
廊下の奥から怒号のような声がした。
「輸血パックが足りない!
補給が来ていないんだ、急げ!」
補給部隊が襲撃され捕虜になった件は、
病院側にも確実に影響を与えているらしい。
もし補給が滞り、
傷病兵の治療が滞るようなことになれば、
前線復帰どころか
部隊全体が崩れる可能性だってある。
窓の外では、
訓練機か、あるいは前線へ飛ぶ攻撃機が一機、
低く通過していった。
日比谷という新兵の名を、
航空隊の兵が話しているのを聞いた。
“新人が弾を当てながら帰ってきた”と。
戦況は悪い。
悪くなる一方だ。
前線に戻るのが怖いわけではない。
ただ――
戻ったとき“誰がまだ残っているのか”
それだけが気に掛かる。
今日の記録はここまで。
―― 大淵 貞男




