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日本內戰錄 第二十九號記錄 ― 死亡判定 ―
八月十八日。
午前九時半頃、前線観測班から搬送された兵の状態確認を行った。
担架には榊原明良と記されていたが、
搬入時点で呼吸・脈ともに認められず、
顔色もすでに白かった。
まず気道および胸郭の観察。
胸部の動きはなし。
創部は右胸部に小さな入口創が一つ。
出血は乾き始めており、
搬送中ではなく被弾直後に失われた血液量が大きかったと推測される。
瞳孔を確認。
両側散大、対光反射なし。
皮膚の冷感は肘から下で顕著。
蘇生措置を行う設備がないため、
形式的な確認のみで打ち切った。
胸部を軽く触診したところ、
肋骨の上にわずかな沈み込み。
弾は肺を通過し、
内部で留まったと判断される。
死亡までの時間は短かったと思われる。
同行していた兵が
「撃ち返す余裕はなかった」とだけ言った。
詳しい状況は届いていない。
救護所に運ばれた時点で、
すでに助けようがなかったのは確かだ。
死亡時刻を九時二十五分と記録。
遺品を回収し、
手帳は本部経由で所属部隊へ返還する。
処置台を空けた後、
台布を交換し、
器具を洗浄した。
作業自体はいつも通りだが、
手が少し遅れた。
本日の死亡者一名。
戦闘によるもの。
以上。
―― 坂井 苑




