日本內戰錄 第十九號記錄 ― 医療所・戦死記録 ―
八月七日。
昨日の交戦以降、負傷者の搬送が増えている。
小銃による貫通創が中心で、
損傷の深さは兵ごとに大きく異なる。
午前七時、
肩部貫通の兵を処置。
縫合後も安定していた。
午前九時半、
胸部を撃たれた兵が搬送された。
到着時点で脈は弱く、
呼吸は浅い。
出血量が多く、
既に意識はなかった。
開創し、肺の損傷部を確認したが、
穿通箇所が深く、
大量の血液が胸腔内に溜まっていた。
吸引を行ったが、
心拍が徐々に弱まり、
午前九時四十八分、
死亡を確認した。
銃創による死は珍しくない。
だが今日の兵は若かった。
二十歳前後だろう。
身につけていた軍靴の泥が、
まだ新しく湿っていた。
遺体を布で包む。
身体は軽いが、
包む布だけが重かった。
午前十時過ぎ、
軽傷者の処置を再開。
黒田が包帯交換に来たが、
何か言いかけてやめた。
見せるべき言葉はなかったのだろう。
正午、
腹部裂創の兵が一名、
痛みで錯乱していたため鎮静剤を使用。
命に関わる状態ではない。
午後、
河合が負傷兵の状態を確認に来た。
遺体のある布の前で一瞬だけ立ち止まったが、
何も言わずに去った。
戦場では、
死は特別ではなく、
ただ記録されるだけだ。
名と形を残すのは記録だけで、
理由は残らない。
今日の負傷者七名、
うち一名死亡。
本日の処置は以上。
―― 坂井 苑




