波乱の予感
本日から本編がスタートです。
楽しんでいただけると嬉しいです。
講堂へ向かう途中、私は少し後ろを歩いていた。
春の香りに紛れて、ひそひそとした声が耳に入る。
「ねぇ、あの子の叔母様って、あの有名な商会の人でしょ?」
「知ってる。最近すごく流行ってるわよね。」
「叔母様が凄腕のデザイナーだから嫁いだんでしょ?あの子、タダで服とか貰ってるんじゃない?」
「えぇ、ずるいわよね……王妃様やアイリーン様でも全部は手に入らないって噂なのに。」
私は足を止める。
私がデザイナーってバレてなくて良かった。
けど、やっぱりこう思われるのか。
タダでもらえるわけないのに……はぁ。
悪目立ちしちゃってるな。
ミリアムが振り返って、心配そうに見ている。
「ユリアーナ様、どうされました」
「……いえ、人が増えてきたなって思っただけです。」
「そうですね!そろそろ席を探しましょう」
ヒロインにまで心配されて、なんだか申し訳ないな。
できれば物語には巻き込まれたくないんだけど…。
ミリアムは講堂の中で私に手を振ってくれた。
「ユリアーナ様、こちらが空いています!」
「ありがとうございます、ミリアム様。」
講堂の真ん中の列、端の席に腰を下ろすと、ふっと張りつめていた肩の力が抜けた。
式の開始を告げる鐘の音が、講堂の空気をぴんと張り詰めさせる。
「新入生代表、アレクシス・アストリア殿下。」
壇上に立つのは、ベージュゴールドの髪に王家を証明する黄金の瞳。
夢の中で何度も見た王太子その人だった。
物語の中の重要人物、なんて言葉が頭をよぎるけど、こうして見ると、本当に人としてちゃんと殿下だ。
落ち着いた低音が講堂に響き、誰もが息をのむ。
壇上に近い前列の席で深いレッドブラウンの髪を上品にまとめた令嬢が壇上の王太子をじっと見つめている。
あれが、アイリーン・ロゼリアン公爵令嬢。
噂通りの気品と迫力……。本当に小説のままだ。
拍手が終わる頃には、春の陽が講堂の窓を暖かく照らしていた。
「素敵な式でしたね、ユリアーナ様!」
「ええ……。殿下のご挨拶、想像以上に立派で驚きました。」
講堂を出ると、ミリアムがはしゃぐように私の袖をつまむ。
「クラス表、もう張り出されているみたいですよ!ユリアーナ様と同じクラスだといいなぁ」
「ふふ、私もです。でも、あまり学力には自信がなくて。」
中庭に面した廊下に人だかりができていた。
掲示板に張り出された紙の前で、緊張した声がいくつも飛び交っている。
さすがにDクラスはないとして、Cクラスあたり、かな。
試験は多分できたから、辺境伯令嬢としての体裁は保ててるはず。
自分の名前を探すために、私はCクラスから順に目を走らせた。
けれど、見つからない。
「ユリアーナ様!ここに!」
ミリアムが私の袖を引いて、嬉しそうに指をさす。
視線の先には、Aクラスの文字があった。
嘘……。
ユリアーナ・サントス。
そのすぐ下には、ミリアム・ウィナー、アイリーン・ロゼリアンアレクシス・アストリア、エドガー・クラウス。
物語の“中心人物”たちの名前が、並んでいる。
どうして……。
私、モブのはずなのに。
胸の奥がひやりと冷える。
夢で誓った“穏やかな学園生活”が、音を立てて崩れていく気がした。
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