桜並木の出会い
目を覚まし、寝返りを打つと机の上のスケッチブックたちが目に入った。
立ち上がり、その中の一冊を手に取ると、ゆっくりページをめくる。
幼少期から気が向くままに描いてきた私の好きが詰まったスケッチブック。
前世で、最後まで描き続けていた大好きなファッションデザイン。
今は私だけの秘密。
ページを捲る目線の先にちらっと移る豪華絢爛の装飾がされたスケッチブック。
こっちは、ある人に見せる用、あの人だけが私のこの令嬢としては失格な楽しみを理解してくれている。
だから、役に立てるように売れるデザインだけが詰まっている。
どうして、今になって思い出したんだろう。
まるで、あの小説のヒロインみたいだけど……そんなわけない。
そっとページを閉じると、制服に着替え、アレンジしていいってことだったから襟元にユリの花のコサージュを付ける。
忘れ物がないかを確認して、姿見の前でくるっと一回転する。
紺色のワンピースタイプの制服に白のユリのコサージュが映えてテンションが上がる。
一度、深呼吸をしてから部屋を出た。
まだ人影の少ない朝の桜並木。
道の先に学校としては豪華な作りの学園の校舎が、その隣に講堂。
講堂の反対側には、この国唯一の宗教の教会が見える。
澄んだ空気と、ほんのり漂う桜の香りが期待に弾んだ気持ちをさらに上げてくれる。
気分が軽くなって、思わずスキップをしてしまった。
校門に近づいて、人の姿がちらほら見えた瞬間、恥ずかしくなって背筋を伸ばす。
大きく息を吸い込むと、昨日の夢の中で見た小説の登場人物たちの名前がふと頭の中に浮かんだ。
王太子の名前。
その婚約者の名前。
あの事件の断片……。
この世界の情報が全部が夢の中で読んでいた未完の小説と一致する。
でも、大丈夫。
未完だからこそ、誰にもあの小説の結末はわからない。
そもそもあの小説に私の名前なんて一度も出てこなかった。
きっとヒロインたちが知らないうちに解決してくれるはず。
私は関係ないはずだから。
平和に、穏やかに。
何事もなく学園生活を過ごすんだ。
心の奥にそう言い聞かせて、再び歩き出そうとしたそのとき。
「あの、これ……落とされましたよ。」
背中越しに声をかけられて振り返ると、
小さな手のひらに、私のハンカチが握られていた。
見覚えのある柄。
私が幼い頃、初めてデザインしたものだ。
「あ……ありがとうございます。」
胸の奥が一瞬だけざわつくのを感じながら、そっと受け取る。
私と彼女の間に春の暖かな風が桜吹雪を起こして吹き抜ける。
顔を上げて彼女を見ると驚きから受け取ったハンカチを握りしめる。
桜を連想させるようなピンクベージュの髪に、淡いピンク色の瞳をした可愛らしい女の子。
不思議そうに私を見ながら少しはにかんだような微笑みが、柔らかくて、どこか懐かしい。
「私、ミリアム・ウィナーと申します。あなたも新入生ですか?」
見間違いじゃない…。
この子は、夢で思い出したあの小説の“主人公”。
一瞬、息が詰まる。
さっきまで空に誓った“平和な学園生活”が小さく音を立てて足元から崩れ落ちていく気がした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この話にてプロローグは終了となります。
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