第9話:拳は暴嵐獣すら打ち砕く
フルグラディスに拳を当てた――だが、それだけで倒せる相手ではなかった。
空の王者は怒り狂ったように暴風を巻き起こし、雷撃を伴う咆哮を放つ。その風圧だけで複数の浮島が崩落し、十数人のプレイヤーが転落死する。
再集結した討伐隊が再び挑むも、近づけば弾かれ、魔法は乱気流に飲まれて不発。ダメージログは停滞し、戦意は削がれていった。
「駄目だ……接近できない……!」
「やっぱ無理だよ、あんなの。もう引こうぜ……!」
誰かがそう言いかけた時、少女の声が静かに響く。
「——私、一人でやります」
「は?」
「これ以上、無駄に死者を出すわけにはいきません。気流と雷撃の間合いさえ掴めば、接近できます。……あとは拳を当てるだけ」
その言葉を聞いた誰もが唖然とした。だが、美蘭は誰の許可も待たずに走り出す。
風の渦に身を晒し、空中三段跳びで加速しながら跳躍。拳を引き、気を集中——
「如月流・空破連撃!」
拳が、雷撃の幕を突き破る。獣の胸に、顔面に、脚部に連撃を浴びせ、確実にHPバーを削っていく。
《え、待って、減ってない?》
《減ってる!一人で削ってるぞ!?》
《また拳聖かよ……!》
戦場に居合わせた全員が、それをリアルタイムで目撃する。無所属・ノークラス・スキル無し。そのすべてを嘲笑うような“本物の拳”。
フルグラディスは雷雲を纏い、最後の暴風を巻き起こした。島全体が崩れかけ、美蘭の視界も揺らぐ。
それでも彼女は構えた。
「……如月流、奥技。風雷穿!」
気を脚に乗せ、風を読み、雷に逆らい、渾身の踏み込みから拳を突き出す。
——ズドン。
まるで大気が割れるような衝撃音とともに、美蘭の拳が獣の顎を撃ち抜いた。
風が止み、雷が消える。
フルグラディスは空中で身を仰け反らせ、そのまま地に落ちていった。
《レイドボス・暴嵐獣フルグラディスを討伐しました!》
《討伐者:如月美蘭》
《世界最速・ソロ討伐記録更新》
《初撃命中から、わずか47分――記録登録完了》
その瞬間、世界中のプレイヤーが騒然とした。
LBO史上初、未討伐レイドボスのソロ撃破。しかも、ランキング戦で名を馳せてからわずか数日後の出来事だった。
《一人でやりやがった……》
《拳で……あんなの拳で倒すとか……!》
《公式がまたサーバー落としかけてるぞ!》
称号《暴嵐穿ちし者》がシステムによって与えられたが、美蘭はまるで興味なさそうにログを閉じる。
「ようやく……一撃目が見えてきた、ってところですね」
満足した笑みでも、誇りに満ちたガッツポーズでもない。
それはただ、修行の“手応え”を感じた者の表情だった。
伝説はまたひとつ、刻まれた。
だが、美蘭の戦いはまだ終わらない。
次なる戦場は、PvPの極地——ギルドによる領土戦争。
孤拳は、組織の論理をも打ち砕くのか。
――次回、第10話「王国ギルド戦争と“無所属の脅威”」。