第7話:スカウトの嵐と拳の矜持
「信じられねえ……あの鬼神クラウスに、拳ひとつで勝ったってのかよ……」
「マジで無所属のノークラスだって? バグじゃねえの?」
如月美蘭の名前が、ゲーム世界《ラグナ・バース・オンライン(LBO)》のチャット欄を埋め尽くしていた。
武神ランキング第1位の称号を奪った直後、彼女の元には無数の勧誘メッセージが届いていた。
世界有数のトップギルド《天照》《白夜ノ誓》《ソウルリンク》など、どれも一流どころばかり。
中には、リアルマネーで報酬を提示する者までいた。
「君の拳を我がギルドに!」
「次期ワールド大会の主力になってくれ!」
「条件はなんでもいい、君の理想の戦場を用意する!」
だが、美蘭はその全てを断った。
「すみません。どこにも所属するつもりはありません」
短く、きっぱりと。
フレンド申請も、ギルドチャットへの招待も、全て丁重に拒否されていく。
その対応に、勧誘者たちは一様に驚き、そして……苛立ち始めた。
《無所属でいる意味ある?》
《ギルド戦に参加しないとか勿体なすぎる》
《注目集めたいだけの痛い奴じゃねーの?》
そんな声すら上がり始めた頃、美蘭はログイン広場の片隅で、ひとり木陰に腰を下ろしていた。
拳に、そっと視線を落とす。
「拳とは……孤独なものなんです」
ぽつりと、誰にともなく呟いた。
「仲間と力を合わせるのも素晴らしい。でも……私は、拳にすがって強くなった。小さい頃から、誰にも頼らず、自分の拳ひとつで立ち向かってきたから……」
背中に滲む孤独と誇りが、彼女の佇まいに宿っていた。
ゲームの中でも、現実でも——美蘭の“拳”は、ただの攻撃手段ではない。
生き方そのものだった。
その夜、LBOの公式掲示板に一枚のスクリーンショットが貼られる。
木陰にひとり座り、拳を見つめる美蘭の姿。
《拳聖、美蘭。ギルド勧誘をすべて断る。その理由がこれだ。》
書き込みには、ある観戦者が記した彼女の言葉が添えられていた。
「拳とは孤独にして、強靭なもの。誰かに頼る拳なら、私は必要ない」
それを見た誰かが呟いた。
《……かっけえ……》
その一言が、数百、数千へと連鎖する。
《拳ってここまでカッコよくなるのかよ》
《あいつ、本当に一人で頂点に立ったんだな……》
《無所属の拳聖、マジで伝説になりそう》
拳聖・如月美蘭。
ギルドにも属さず、スキルも持たず、ただ拳ひとつでゲームの頂点に立った少女。
その名は、今や“最も自由な強者”として知られるようになっていた。
しかし——彼女の戦いは、まだ始まったばかりだった。
数日後、システムメッセージが世界を震わせる。
《緊急通達:未討伐レイドボス“暴嵐獣フルグラディス”が出現しました》