第5話:武神ランカー撃破、その名は『拳聖』
武神ランキング――第7位、《黒牙のグリード》。
血染めの斧を振るうその姿は、「破壊王」「暴食の戦鬼」と恐れられ、戦闘スタイルは常に正面突破。力で全てをねじ伏せてきた。
「オイ……あのガキが、俺の相手だと?」
鉄の鎧をギチギチ鳴らしながら、グリードは美蘭を見下ろした。
無職。ノークラス。武器なし。布のような道着一枚で、真っ赤に錆びた両刃の戦斧に対峙する少女。
「ちょっとは楽しませてくれよ。ひとっ斬りで終わったら、つまんねえからなァ!」
開戦のゴング。
地面を砕く勢いで、グリードが突進する。巨斧が振り下ろされる刹那、美蘭の身体が霧のように動いた。
——回避。
ではない。
——“崩し”だった。
振り下ろされる斧の肩の動きを見極め、美蘭は内歩進で間合いに入る。足を払うように一歩、腰を切り、拳を胴へ突き込む。
「ぐっ……おおっ!?」
巨体が揺れる。重量任せの戦士が、初めて“重さのない打撃”でよろめいた。
その一撃を皮切りに、美蘭の拳が連撃となる。
呼吸と動作を一致させた突き、崩し、捌き。
ゲーム内のスキルではなく、現実で磨かれた拳法の連携技。
「クソッ! このッ……小娘があああっ!!」
怒りに任せ、グリードは斧を振るい続ける。斬撃は嵐のように吹き荒れ、闘技場の床を抉る。しかし、美蘭はただ一度もそれに触れなかった。風の先を読むように、拳の届く間合いに出入りを繰り返す。
観戦チャットが騒然とする。
《え、グリード押されてる!?》
《無職ってマジかよ!?》
《なにあの動き、スキルじゃないの?完全に武道……》
《あいつ、“拳聖”じゃね?》
“拳聖”――その一言が、チャット欄に浮かび、急速に拡散した。
そして。
決着は、一瞬だった。
斧が振り抜かれた隙を見切り、美蘭は一歩踏み込む。
逆拳。腰を絞り、拳を肩口から喉元へ突き上げる。
ヒット。
グリードの巨体が宙に浮き、後方へ跳ね飛んだ。
斧が手を離れ、ガランと音を立てて転がる。
システムが響き渡る。
《Winner:如月美蘭》
武神サーバーは、静寂の後に熱狂へと包まれた。
《え、7位を素手で!?》
《やばい、やばい、やばい》
《新ランキングの“拳聖”爆誕》
グリードは膝をつき、肩で息をしながら言った。
「……ハハ。完敗だ。俺の斧より、お前の拳のが重てぇよ」
「ありがとうございます。でも……これが本当の“武”ですから」
静かに礼を返す美蘭。その姿に、戦場全体が息を呑んだ。
その夜、美蘭の名前はランキングトップ10に刻まれる。
“無職”“スキルなし”の謎の拳士、《拳聖》として。
そして、運営が密かに次の試合を決定した。
——ランキング1位《鬼神クラウス》との頂上戦。
全プレイヤーが注目する、伝説の一戦が、始まろうとしていた。




