第4話:武神ランキング開幕! 無職(ノークラス)最下位からの挑戦
風が鳴いた。
武神ランキング――その闘技場に、美蘭は立っていた。
眼前の相手は、ランキング第97位《風刃のリュカ》。細身の体格に軽装のレザーアーマー。腰に下げた双剣は、すでに抜かれている。美蘭を警戒しているのだろう。
「素手……? 武器もクラススキルも無し? 本当に、君が推薦されたっていう“如月美蘭”か?」
リュカの声には驚きと、どこか油断が混じっていた。
当然だ。これまでに対峙したどのプレイヤーとも、美蘭は違っていた。彼女は無職で、装備は布の道着のみ。武器スロットすら空欄だ。
「ええ。よろしくお願いします」
美蘭は静かに一礼した。まるで道場の試合前のように。
リュカは片眉を上げ、「はっ」と鼻で笑うと、構えた。
——開始の合図が鳴る。
その瞬間、リュカが風と共に動いた。
ステップ一つで距離を詰め、右手の剣が横薙ぎに走る。
スキル《風牙斬》。高速移動と斬撃を重ねる、風剣士の基本にして強力な先制技。
観戦者たちが「終わった」と思った、その一瞬。
美蘭の体が、ふっと沈むように下がった。
腰を落とし、剣の軌道の下を通るように滑り込む。
「なっ——!?」
リュカの目の前に、美蘭の影が現れる。
その拳は、既にリュカの腹部に届いていた。
打突音。風を裂く音。
一撃で、リュカの体が吹き飛んだ。
場外ギリギリまで跳ね飛ばされたリュカは、膝をついて咳き込む。腹部には明確な衝撃判定、HPバーは一気に赤へと転落していた。
観客席がどよめく。
「は!? 今の、見えたか……?」
「ノーモーションで避けて……カウンター入れた?」
「いや、入力履歴無いって話だろ。つまり、あれ身体操作だけでやってんのかよ」
リュカは、苦しみながら立ち上がった。
「……お前、何者なんだよ」
「ただの拳法家です。でも、ちゃんと修行してます」
そう言って、美蘭は構えた。
重心は下、両拳は自然に前へ。無駄が一切ない。体全体が“一つの技”のようだった。
「面白い……なら、全力でいく」
リュカがスキルを連発し始める。《風刃連突》《翔風》《疾雷》——風剣士の連続技が舞い、闘技場に風の渦が巻く。
しかしその中でも、美蘭は一歩も退かない。風の切っ先を読む。剣の速度を見切る。そして、タイミングを見極めた瞬間——
彼女の拳が、空を断ち、風を割った。
——バシュッ!
まるで弾かれたように、リュカの体が宙を舞う。今度は闘技場の壁に叩きつけられ、HPバーがゼロになる。
システムメッセージが流れる。
《Winner:如月美蘭》
無職、無スキル、無装備——
だが、その拳は誰よりも“武”に近かった。
試合後、控室でリュカは笑っていた。
「ハハ、まいったよ。完敗だ。まさか……“本物の武道”が、ここまで通用するなんてな」
「ありがとうございました。あなたの剣も、風のように綺麗でした」
自然体で頭を下げる美蘭に、リュカは素直に拍手を送った。
その日の夜、武神サーバーは騒然としていた。
ランキング下位から現れた“無職の拳聖”。
剣も魔法もなく、ただ拳一つでランキング97位を沈めた彼女は、一躍注目の的となる。
そして、次の対戦カードが決まる。
——対戦相手:第7位《黒牙のグリード》。
斧使い。破壊と殺戮を好む暴虐の戦士。
だが、美蘭は変わらず拳を握り、次の闘いへと歩を進めるのだった。






