第3話:武神サーバーに立つ
美蘭のアカウントが、運営の監視対象に入ったのは、3度目のログイン直後だった。
——被弾ゼロ。MP・SP未使用。スキルコマンド入力も無し。
それでいて、中型ボス〈ファングロード〉をソロ撃破。
「……こいつ、何なんだ?人間の反応じゃないぞ」
運営本部のログ監査室では、美蘭の戦闘映像が繰り返し再生されていた。
スロー再生でようやく確認できる拳の軌道。スキルボタンも発動エフェクトも無い。ただ、美しく整った足さばきと、絶妙な間合い操作。それだけで敵の攻撃を受け流し、返す拳で一撃粉砕している。
「動きだけで攻撃も回避も完結してる……。これ、本当に“身体操作”だけでプレイしてるのか?」
ラグナ・バース・オンラインは、神経接続型のフルダイブVR。
通常は簡易入力やショートカットでスキルを使うのが主流だが、美蘭のように“完全身体操作”だけで戦うプレイヤーは稀だった。しかも、ここまで精密かつ高速に動ける者は、過去に例がない。
「……こいつを、“武神ランキング”にぶち込め」
「えっ、でもギルドにも所属してないただの新人ですよ?」
「いいんだよ。このレベルであの動き、上にぶつけなきゃ分からねえ」
その夜、美蘭のメッセージボックスに公式通知が届いた。
《【運営推薦】あなたは“武神ランキング”への出場資格を得ました》
武神ランキング——PvPにおける最上位サーバーであり、全プレイヤーの中から選ばれた者だけが入れるバトル専用フィールド。ギルドの推薦が必要で、基本的に上級者のみが出場できる。
「推薦……?」
静かな部屋で、美蘭はVRカプセルの中から天井を見上げる。
修行の合間の“気晴らし”だったはずのこの世界は、いつの間にか、彼女にとって第二の道場となり始めていた。
「ふふ……やってみようかな」
翌日、美蘭は初めて“武神サーバー”にログインした。
そこは、戦場だった。剣の音、魔法の閃光、雄叫びと爆発。バトルが日常のプレイヤーたちが、今日も順位をかけて火花を散らしている。
しかしその中に、美蘭のようなプレイヤーはいなかった。
素手で、クラススキルも使わず、体一つで戦う者など誰一人として。
「おい、あれが例の“無職拳聖”か……」
「武器なしってマジだったんだな。バグかネタ勢かと思ってた」
周囲の視線が突き刺さる。だが、美蘭は一つも気にしていない。
彼女にとってこれは“道場入り”と同じ。まずは自分の力を試す場所を探す。それだけだ。
NPCの受付に進むと、システムが問う。
《ギルド所属なしを確認。無所属でエントリーしますか?》
「はい」
《確認:如月美蘭、無所属で武神ランキングにエントリー》
次の瞬間、武神サーバー全体にチャット通知が響き渡る。
《【速報】無所属プレイヤー“如月美蘭”、武神ランキングへ参戦》
「……マジか。ノークラスで来たのかよ」
「推薦されたって聞いてたけど……ホントに来やがった」
注目の渦中で、美蘭の初戦が決定する。
相手は、ランキング第97位《風刃のリュカ》。風属性の剣技を極めた技巧派で、これまでの勝率は92%。だが、彼には“素手の拳法家”と戦った経験は、ない。
VRの世界に、風が吹き始める。
この少女が、いずれランキング上位を殴り落とす“拳聖”と呼ばれるようになることを、この時まだ誰も知らなかった。