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第2話:モンスター狩りは素手で十分です

ラグナ・バース・オンライン――LBOの広大なフィールドに、一人の少女が拳一つでモンスターをなぎ倒していた。


「ふっ、喝っ!」


 鋭く踏み込み、拳がスライムの核を正確に撃ち抜く。青いゲル状の体がぶるりと震えたかと思うと、あっけなく崩れ落ち、地面にアイテムを残す。


 如月美蘭。ゲームを始めてまだ2日目の新人プレイヤー。だがその戦いぶりは、明らかに異質だった。


 武器は持っていない。スキルも使わない。派手な魔法のエフェクトもない。ただ、身体を動かし、拳と蹴りで敵を倒す。それだけ。


 狼型モンスター〈グレイファング〉の群れに囲まれた瞬間も、美蘭は落ち着いていた。


「囲まれた……なら、脱出する」


 一瞬の間に、重心を低くし、力を腰に集める。


「旋風脚!」


 腰の回転に乗せた回し蹴りが、周囲の狼たちをなぎ払うように弾き飛ばした。気絶したように倒れるモンスターたち。その場にいた他のプレイヤーが、ぽかんと口を開けた。


「……あの人、ノークラスだよな?」


「剣も杖もないのに、あの動き……何者?」


 チャットログには“謎の格闘少女”の名前が飛び交い始めていた。


 


 しばらくして、美蘭は休憩がてら村の近くに戻った。噴水のそばに座って、まるで道場のように呼吸を整える。


 そこに、ひとりの青年プレイヤーが歩み寄ってきた。中級ギルド《黒鴉くろがらす》のメンバーで、装備は派手な双剣。名前は“ダン”。


「なあ、あんた。ちょっと強すぎない?」


「……そう?」


「いやいや、俺たちが苦戦するグレイファングを、素手で瞬殺っておかしいだろ。バグでも使ってんのか?」


 周囲にギルドメンバーが集まり、じわじわと囲んでくる。目には見えない“いじめムード”が漂っていた。


 だが美蘭の表情は変わらない。ただ静かに、立ち上がった。


「誤解なら、拳で晴らす。そういう世界なんでしょ? PvP、受けるわ」


「ははっ、後悔すんなよ! こっちはレベル42だ!」


 瞬間、ダンの双剣が振り下ろされる。だが――美蘭の姿が、消えた。


 いや、回避したのだ。刃が届く寸前に、わずかに重心をずらし、身体を流す。


 そして――一歩踏み込み、拳を突き出す。


「崩拳」


 短く、重い一撃。ダンの体が宙に浮き、そのまま地面に叩きつけられた。HPバーが一瞬でゼロになり、彼のアバターがログアウト演出で消滅する。


「……は?」


「今、何が起きた?」


 ギルドメンバーの動きが止まる。美蘭は、すっと構えを解いた。


「PvPって、こういうものじゃないの?」


 誰もが呆然とする中、美蘭はまた噴水のそばに戻り、座った。


 その姿は、戦いの女神というより――ただの、静かな武道家だった。


 


 その日のうちに、フォーラムの話題は“拳で双剣を一撃KOした無職少女”で持ちきりになる。


 名前も階級もわからないそのプレイヤーは、こう呼ばれ始めた。


「謎の拳聖フィストセイント


 


 まだ誰も、この名がやがてレイドボスさえ拳一つで倒す伝説となることを知らなかった。


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