第13話:止まった時を“気”で超える
「また……止まった」
世界が、静寂に沈んだ。
冥王バルザロスは、かすかに笑みを浮かべる。
破壊された魔法陣群を再構築し、第二段階に移行したのだ。
「気配を感じ取って殴るなど……それは初見殺しに過ぎぬ。ならば今度は、時間そのものを凍結しよう」
それは“第二の時間停止”——今度は魔法陣を用いず、冥王自身の魔力だけで行使される純粋な時の支配。
その瞬間、美蘭の意識は深い闇の中に沈み込んだ。
視界は白く、聴覚も遮断され、筋肉すら動かない。
……なのに。
「“気”は……まだ流れている」
美蘭の中にある“気の流れ”は、誰よりも敏感に、世界の変化を感じ取っていた。
死者の王の動き、わずかに指先が動き、魔法陣が展開される気配。目にも見えない、音もない。それでも、美蘭の精神はそれを“読む”。
──体は動かない。ならば、どうする?
美蘭の思考は、修行の日々を思い出していた。
豪雪の中、動けぬ身体で呼吸だけに意識を注ぎ、
暗闇の稽古場で、師父の気配を読んでいた日々。
「動かなくても……感じられれば、打てる」
ゆっくりと、意識の中で拳を握る。
“心で打つ”。
VRゲームであろうと、操作が遮断されていようと——
フルダイブとは、精神と肉体をつなぐもの。
意識が動けば、気も動く。
気が動けば、拳は打てる。
ズンッ――!
世界に一撃の衝撃が走った。
止まっていた時間が、一瞬だけ歪みを見せた。
「な……何者だ? この空間で、なぜ拳が届く……!」
バルザロスの表情が歪む。
美蘭の拳が、動いた。
一瞬だけ再開した動作を利用し、冥王の側頭部に打撃を放つ。
ズガァン――!
周囲の空間が大きく振動し、ログが走った。
《冥王バルザロスの“完全時停止”スキルに干渉する動作が検出されました》
《対象プレイヤー:拳聖(如月美蘭)》
《本行動はバグではなく、プレイヤーの入力精度による“意識干渉”と判断されます》
運営のモニターには、手動観測により判定されたログが表示された。
「まさか……止まった時の中で、“気配”を読んで行動した? 人間の反応速度じゃない……」
「いや、これは意識の領域……“気の探知”と“意識打撃”の合わせ技だ。……彼女は、時を読んだんだよ」
運営スタッフがざわつく中、美蘭は静かに呼吸を整える。
「拳とは、肉体だけじゃない。意識と気、全てを鍛えた者だけが“超える”ものです」
その言葉と共に、バルザロスの胸元に再び拳が打ち込まれる。
時間停止が崩れ去る。
冥王はついに、膝をついた。
《レイドボス:冥王バルザロスが撃破状態に移行しました》
未討伐レイド二体目、ついに陥落。
しかも、それは“ソロ討伐”であると記録された。
「バグじゃない……仕様内だ……!」
美蘭はログアウト画面にも目をくれず、空を見上げて小さく呟いた。
「さあ、次の拳を打ちましょうか」