第10話:王国ギルド戦争と“無所属の脅威”
――《王国ギルド戦争イベント》、開戦。
ラグナ・バース・オンライン最大級のPvPイベント。それは、上位ギルド同士が陣地を奪い合う三日間の領地戦。今回は特に、二大ギルド《聖華連盟》と《黒鉄の誓い》が正面衝突するということで、事前から熱狂と緊張が高まっていた。
戦場は草原、廃城、市街地など広大にわたるマップ。だがその中心——最も得点効率が高い《中央聖域》に、誰よりも早く現れた影があった。
如月美蘭、無所属。ノークラス。装備は布服、スキル欄は空白。
それでも、彼女の姿が映し出された瞬間、実況チャットは騒然とした。
《は?なんで拳聖がいるの!?》
《おいおいおい、レイドボスソロ討伐した奴が、戦争に出てくんのかよ!》
《まさか中立ってわけじゃないよな……?》
その通りだった。美蘭は、どのギルドにも所属していない。が、今日は目的があった。
「拳の精度を上げるには、実戦数を重ねるのが一番ですから」
その理由だけで、彼女はPvPの最前線に立つ。
中央聖域を目指していた聖華連盟の精鋭パーティとぶつかると、彼女は問答無用で突っ込んだ。
「な、なんだこいつ!? 近づいてくるだけで——」
バシィッ!
気功を帯びた掌底が一撃で前衛を吹き飛ばし、続く肘打ちで魔法使いが即死する。サーバーが一時フリーズし、ログには“1vs5で全滅”の記録が残った。
数分後、後方で指揮を執っていた黒鉄の誓いの指揮官が、頭を抱えながら叫ぶ。
「嘘だろ……何が起きてる!? こっちの本拠の前に、美蘭がいるってどういう——いや、あれはもう災害だ!」
美蘭は、どちらの陣営にも属さない。ただ通りかかった敵を殴っているだけ。にもかかわらず、両陣営は中央拠点の占拠を一度ずつ失い、ポイントは一気に拮抗した。
《マジでパワーバランス壊れた》
《イベントが個人戦になってる……》
そして事態は運営にも届いた。GMアカウントがモニタリングを開始し、内部チャットには「干渉すべきか?」の文言が躍る。
「このままでは、ギルド戦争そのものが破綻する」
しかし、観測者の一人が言った。
「……いや、これは“現象”だ。止めるべきは、システムのほうかもしれないな」
その間にも、美蘭は“新技”の試し撃ちを繰り返していた。
「ん……この踏み込み、0.2秒遅れましたね」
己の拳の速度を、寸分単位で見極める女。
破壊でも支配でもない、ただ“完成”のために戦場を歩く孤高の拳士。
その存在は、やがて一つの呼び名となって広がる。
——『無所属の脅威』
《公式ギルド解説ページにも名前載ったぞ》
《美蘭さん、もはやイベントそのもの……》
PvP、レイド、そして戦争までもが彼女に影響され、運営の想定を次々と塗り替えていく。
だが、それでも美蘭にとっては——
「ただの修行ですね」
無表情のまま、拳を構える。
次回、第11話「一人で戦場を制圧する拳」。