本格的な迎撃
三つの部隊で協議した結果、鉄道駅付近の市街地で戦うことになった。いまだに敵は発電所の近くにいたため、会敵までまだ余裕があると考えて住民を負傷させないように疎開させた。さらに、都市の要塞化を進めた。敵の空中機動によって後方への破壊工作は進んでいたが、治安維持部隊も全力を尽くして殲滅していた。聞いた話によるとかなりの激戦だったようで、至る所に瓦礫があった。それらを集めて車椅子を隠しておくことができる遮蔽物を作った。戦車壕ならぬ車椅子壕だった。以前に敵からのアンブッシュを受けたが、今度はこちらが仕掛ける番だった。敵は識字率が低く、統率を持って行動するには戦列を組んで進行してくると踏んだ。しかしそれができる道はこのあたりでは一つしかなかった。そこにキルポイントを設定して十字砲火を浴びせる予定だった。また迫撃砲は駅前広場に配置して砲火から逃れようとする敵を攻撃する作戦だった。
二日後、戦闘が始まった。馬よりも速度が出ず、それなりの機動力を持つ我が連隊は市街戦で大活躍だった。高い機動力を持つ馬上騎兵による両翼包囲を俺は警戒した。そのため彼らを挑発して細い路地に誘い込むと、彼らを両側の建物から挟撃した。戦国時代の島津家が多用したことで有名な釣りのぶせ(偽装退却)の戦法だった。戦列を組んで行動していた敵歩兵は逃げ場のなくなった戦場で死を待つことしかできなくなっていた。時々、バリアを張った兵士が味方の盾になろうと奮戦したが、射線上に現れた瞬間、カールグスタフ無反動砲によって撃破された。
敵の数が初期の一割未満にまで減った時、彼らは降伏を申し出た。それを一番位の高いカラマリ少将が受け入れたことで戦闘は終結した。捕虜の扱いは騎兵旅団に任せた。一応、捕虜に対する国際的な規定はあるようだった。しかし、それについて考える余裕はなかった。すでに連隊の隊員の体力は限界に達していた。大規模な攻勢が集結したことでこの場の戦場には余裕が生まれた。総合本部に対して後送休養と戦線離脱を具申した。申請は無事に通り、再び鉄道に乗って首都に戻ることになった。
これにて戦闘シーンは一旦終了となります。彼らは民衆にどのような効果を与えたのかご期待ください。
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次回の投稿予定は2月18日です。




