蝶と花々、努力の花・上
語りては深夜→天弓→美夕→深夜→夕月です。
ややこしくてすみません
あの子たちは、遊ぶことをだんだんしなくなった。
ある本で、子供が遊ぶのをやめるのは子供が子供であることをあきらめた時だと書いてあった。
でも、その本とは違ってあの子たちを子どもでなくしたのはわたしたちだった。
3年が過ぎた。
夕月は4歳になった。はじめの予想の通りとても美人になり、座学では霧雨をしのぐのではないのかと思われるほど優秀で、美夕に個別に舞踊を習い才を表している。
天弓とわたしは7歳になった。いまだに仲たがいしたままだ。
わたしは今では夕月と共に過ごすことが多くなった。さすがに、夕月がわたしを見習って無口になるとは想像していなかったけれど。
「ほら、今日の御勉強ですよ」
夕葉も、どこか冷たくなった。
みんなあの葬式以来どこか変ってしまった。
わたしは今日の御勉強をさっさと終わらせて奴さんを作りにかかる。
わたしは奴さんの特訓でだいぶ実技の成績が上がって、今では天弓と同じぐらいらしい。
それを聞いた時も、天弓はこちらを見ようとはしなかった。
わたしが奴を作るのは天弓のためなのに。
まあ、この奴は使われない方がいいものだから、作る意味はないが。
「夕葉、天弓はどこ」
「天弓さまはご両親との面会です。」
わたしは天弓のことが大好きだ。
でも天弓の両親は何回か見かけたけれど好きになれなかった。天弓を利用して上に行こうとしていたから。京家は実力主義なのを無視して。
「もうそろそろ、夕月が部屋を移るころよね」
「はい。わたくしたちの隣です。」
みんな変わっていく。わたしはあのころから何も成長していないのに。
「さ、勉強をはじめましょう」
私は深夜がいなくなってひとりぼっちになった。
深夜が心の支えだった。あの小さなおやつの方が一人で日当たりのいい部屋でたくさん食べるよりあったかかったしおいしかった。
なのに…
「天弓さま、深夜さまはそのぐらいできます。もっと頑張ってくださいませ」
夕雷もきびしい。何かにおびえているかのよう。
「もう面会だから行くね」
この頃は面会回数が減ってきていた。父も母も、私には興味がないのだ。自分の子であり当候補という存在に興味があるだけで。
「久しぶりだな、天弓」
あってもうれしいけれど抱き着きに行きたいとかはない。
私にとってそうできる存在は夕雷だ。
「天弓のためにいろいろ準備してたくさんの人と会っているからな。大丈夫何も問題はない。」
私は実力が評価されたい。霧雨姉さんにはどうあがいても勝てない。
「ほかの二人などその気になればどうとでもできるから、安心していいのですよ」
ああ、何も伝わらないのだろう。
縁側では伏せ籠に入れられた雀が必死で羽ばたいていた。
「ああ、花街に行くの?気を付けてね」
「ありがとう。」
私は今日も花街に向かう。
「ああ、よくお越しくださいました。ささ、こちらへどうぞ」
ここは梅林楼閣といい、最上級になると目されている遊女、妓女の教育場所で、ここで才を発揮すると白拍子となる道もある。
ここに入れるかが花街の登竜門だ。私はここの舞踊の教師をしている。
「美夕さま、お久しぶりでございます」
「あら京月。あなたもここには入れたのですね。」
最高格妓楼で生まれた夕月の姐、京月。
ここに入る試験に3回落ちたという話を聞いていたが、とうとう合格したらしい。
もう12歳の少女で、京家の話を聞いてあこがれていたらしい。夕月をこちらに渡した子だ。いや、一応金子は出したが。
「ではみなさん、始めます」
授業が終わったころ、京月が話しかけに来た。
「どうなさいましたか?」
「いえ、夕月なのですが、あの子はよくやっていますか?」
かわいらしい姉の心配だ。
「ええ。勉強などは先にいる二人よりもできるほどですよ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
この手の問題は厄介だ。判断を誤ると一瞬ですべてが崩壊する。
「慎重に運べるとよいのですが…」
私は崩壊していった結果死んだ人を知っている。
「夕月、こちらにきなさい」
美夕に呼ばれて夕月はのろのろとそちらに向かう。
「あなたは舞踊の適性があるわね。」
美夕は夕月を膝に乗せ腰まで伸びた真っ黒な髪をなでる。
すでに夕月は当主候補として必要される以上の舞踊の稽古を受けていた。
けれどそれができても当主にはなれない。夕月は霧雨に匹敵するほど座学もできたが、実技はできない。
当主となるためには実技が重要だ。むしろ他ができなくても実技さえよければいいほどに。
「私と練習しましょうか。」
夕月はうなずいたので、これから夕月は時間外に実技と舞踊をすることになった。
夏。蒸し暑いことこの上ない。
いくらここが山のてっぺんで崖に立っていようと、暑いものは暑い。
外遊びもしなくなっていった。暑さではなく、みんなにそんな余裕がなくなってきたのだ。
「今日は冷や麦にしよう…」
「本当に暑いですね。まあ、この授業だけは帯を締める着物の着用が義務ですが。」
いまでは舞踊の授業だけは3人一緒に受けるようになった。
「本当に暑いね。舞踊ではなく舞踊座学にしたらどう?」
奥から夕雷が顔を出した。
美夕はしぶしぶ部屋に引っ込み座学の教科書を取り出してきた。
「では、舞踊を習う意味は?」
「当主としての振る舞いを学ぶため。忍耐力を付けるため」
わたしがいつも答える。美夕だけはニコニコしてくれる。
美夕だけが、わたしを見つめてくれる。
「ああ、暑い…」
「しばらく耐えてください。もうそろそろ立秋ですからね」
最近、夕月に座学で追い抜かれたので少しあせっている。
まあ、頑張るしかない。わたしは能力だけはトップなのだから。そこでは有利なのだから。
しばらく勉強していると、外が騒がしくなってきた。
「なにがあったのでしょうか。見に行ってきます」
夕葉が出て行ったので奴作りにかかる。
しばらくしてバタバタと音がしてスパンと障子が開く。
「深夜さま、夕月さまがいなくなりました!」
あたしはずっと一人だった。
深夜姉さんは優しかったけれど、やっぱり少し妹のようには接してくれなかった。他人だった。
天弓姉さんは最初から冷たい目を向けてきた。
でも楽しかった。ちいさいころはよく覚えていないけれど、深夜姉さんはずっと優しかった。
外で遊んで、みんなで楽しく舞踊の稽古をして。
「深夜姉さん、どうぞ」
それは、山で見つけたつぼみだった。
咲けばきれいな花を咲かせてくれる以前深夜姉さんが好きだと言っていた花だ。
「え…?」
でも深夜姉さんはとても驚いて、慌てて夕雷に知らせた。
不思議に思って手を見ると、その花は見事に咲いていた。
「能力は、”開花”です」
京家の人々には能力があるが、自然に働きかける能力は存在せず、人に対するものだけだといわれていたから、みんな驚いて私の能力を秘匿することが決まった。
あたしは能力関係のことを行うことが禁止され、実技は当然できず、外に出ることも禁止された。
その分座学の課題はとても多かった。
ある日、あたしは課題を終わらせることができなかった。
夕葉はとってもせめてきて、その日はほとんど寝られなかった。
あたしが悪いのはわかる。でも、それでも外に出て遊びたい。あたしがなにをしたというの?
ただ普段どおり遊びたい。外に出たい。
そんなあたしが唯一楽しいと思ったのは美夕の舞踊の授業だった。
なぜかと聞かれても、とにかく楽しかった。舞踊場が外に面していたからかもしれないが、それ以上に楽しかった。
美夕はそんなあたしを見出して個別に舞踊の稽古をつけてくれるようになり、それに伴い座学の課題が少し減った。
雲行きが怪しくなり始めたあたしに、舞踊、琴、篠笛、三味線、書道、長唄、香道、茶道などを教えてくれた。
もちろん楽器はちいさな子供用のものだったけれど。
ある日、美夕の稽古の後に庭に出た。
「夕月さまは屋敷からは出てはいけないけれど、植物に触らなければ庭に出てもいいのですよ。」
そう教えてくれた。美夕はあたしのために当主さまに交渉してくれていたのだと後から知った。
あの日も、庭に出ていた。
少し奥の方まで入って、戻れなくなってさまよっていた。
少し日が傾いてきていて、背の高い草木のせいで暗かった。
心細かった、だから夕葉が目の前に出てきたときに、駆け寄ってしまったのだ。
どうがんばってもあたしは4歳の幼児だった。
後ろから抱えられてどこかに連れていかれるまで、何もできなかった。
「おとなしくしていなさいよ。そうしたらいいところに連れて行ってあげるから」
聞き覚えのない女の人の声。
屋敷から出てどれだけ経ったのか。あたしは眠気と戦っていた。
眠気の中で、あたしは誰かに預けられた。