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夢見幾夜 京の姫君  作者: 古月 うい
一章 姫君は神とともに
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蝶と花々、少女の死・下

私がいなければ、すべてうまくいったのかもしれない。


霧雨(きりさめ)だって、今もそばにいたのかもしれない。


けれど、私は何もできなかった。ただ見ているだけだった。


「当主様」


「ああ、いまいきます」


いまでは私のそばには3人はいない。それがとても悲しいの。





わたしはいつから泣けなくなってしまったのだろうか。


霧雨が死んでしまうかもしれないと聞かされて、とても悲しかったのに、涙は出なかったし表情も顔色も変わっていないのが自分でもわかった。


それを天弓にはなじられてしまった。わたしも悲しいのに。なんでわたしは泣けなくなってしまったの?


「天弓…」


わたしは奴をたくさん作ってたくさん埋めていく。今では一日中その作業をしていて夕葉達には呆れられているが成績は落としていないので黙認されている。


いつか、天弓の道標になればいいな。そう思う。きっと天弓はいい当主になれる。わたしのような心が死んだ人ではなく。




「あう」


「あら、夕月。いらっしゃい」


夕月はもう歩き回れるようになっていた。


よくわたしのところまで歩いてきてくれる。とても可愛い。


「今日は何する?お外に行く?いいお天気だし」


夕月と連れ立って庭に降りる。


夕月が歩いているのを見るのは楽しい。この状況を少しだけ忘れさせてくれる。


ふと顔を上げると,この間模様が入った黒い服を着てこちらをじっと見つめる天弓がいた。


「天弓、来る?」


天弓は何かを呟いてからくるりと回って奥に引っ込んでいった。


「みよ?」


「ああ、ごめんなさい。あちらに行きますか?」


二人と夕雷で外の泉まで行く。


「落ちたら危ないよ。」


夕月に声をかけつつ周りを見る。


「夕雷、最近霧雨はどう?」


「相変わらずです」


つまり良くなってない、と。悪化していないだけマシなのかもしれない。


もう半年近く体調が悪いままだ。


霧雨はそんな体を引きずって今では勉学に復帰している。


ざぁっと風が吹いてくる。わたしの少し伸びた茶髪が靡く。少し肌寒い。


「もう戻りましょうか。」


夕雷が夕月を抱えて屋敷に戻る。


夕月は疲れたのか途中で眠ってしまった。その裾からはまだ小さな爪の付いた手がのぞいて揺れている。


小さな手。あと二年もしたら教育が始まるのか。


ふと前を見て不吉な感じがした。


「夕雷、屋敷が騒がしい」


「ええ、何があったのでしょうか」


何か嫌な予感がする。


わたしは気がつくと走り出していた。裾が絡んで走りにくい。


後ろで夕雷が止めるがわたしは走り続ける。


「何かあった?」


都子を捕まえて問いかける。


「深夜さま、霧雨様が…」


隣に気配を感じて振り向くと天弓がいた。


郁子は天弓に言われて下がって、2人になる。


「霧雨姉様が亡くなりました」


淡々としたその言葉。


その言葉は、意味は理解できるのに、わたしは受け入れられなかった。


わたしは自分の頭に両手を添える。


そしてうずくまってただ自分を守る。


やめて,と誰かが言う。わたしはやめない。


ただ自分を守るために力を使う。




「深夜!」


崩れ落ちてしまった深夜を支える。前よりも少し重くなっていて、やはり私には支えられなかった。


「何をやっているの。自分に力を使うのは禁忌なのに…何を忘れたがったの、」


後ろから夕月を抱えた夕雷がやってくる。


「天弓さま、深夜様はどうなさったのですか」


答えようかと思ってやめた。正直に言ってしまったら,深夜は確実に当主候補から外されてしまう。深夜は守りたい。


「わからない。とりあえず部屋に連れて行って」


連れて行かれた深夜は静かに深い眠りについていた。


ぴくりとも動かない。


「深夜…」


なぜ私から離れていってしまうの?


霧雨はいなくなってしまって、もう私には深夜しかいないのに。


「お願いだから私から離れて行かないで…」


私は深夜の衣に縋りついた。


外は霧雨と呼べない弱い雨が降っていた。






目が覚めると天弓がいた。


仲違いしていたはずなのに。あれ、なんで仲違いしていたんだっけ。


「天弓、どうしてここに?」


「深夜。あなたどこまで覚えているの?」


どこまで?どういうことだろう。


「ああ、そのことも忘れたの。いいわ。あなたは霧雨が死んだと聞いて記憶を自分で封印したの。禁忌だから二人だけの秘密ね。」


「霧雨って誰?」


ぼんやりと思い浮かぶのに,どんな人だったかは思い出そうとすると消えてしまう。


「それでいいの。私がフォローするから、深夜はボロを出さないで。他にないかいくつか質問するから答えて」


ぶっきらぼうに振る舞おうとしているのがわかる。とっても可愛い天弓。


「能力は?」


「精神感応で、記憶操作もできる」


「ここにいる私たちの教育に関わる人」


「夕雷、美夕、夕葉」


「立場」


「京家当主候補」


などつらつらと質問され、その全てに応えた。


確かにわたしの能力だと使うとこうなるのにも納得だ。


加減を間違うと全てを忘れてしまう。


天弓が慎重になるのにも納得だ。


「結構うまく削除したんだね。霧雨のことしか消えてない。」


「霧雨って誰」


ああ忘れてたとやけによく付き合ってくれる。


「私たちと同じ京家当主候補。昨日亡くなったの。」


「ごめん。」


わたしは知らずに天弓に迷惑をかけてしまった。


「いいのよ。じゃあ、そう言うことで。またね」


けれどそういって去っていく天弓は、とても寂しそうに見えたのだ。




翌日、霧雨の葬儀が執り行われた。


やっぱり見ても何も思い出せなかった。


淡々と進行していく儀式。


わたしはただ何かを受け止めるのに必死だった。


最後に霧雨の棺に花を入れる時、なぜかとても悲しくなって、でも泣けなかった。


天弓はたくさん泣いていた。きっと大切な人だったのだろう。


「天弓…」


天弓はわたしの手を振り払った。


痛かったけれど,後から心を貫く痛みのほうがいたかった。


「気にしなくていいわよ。天弓は傷ついているのよ。霧雨が亡くなったから」


夕葉が慰めてくれた。


その暖かさと,今日一日中あったどこかわからない悲しい感情が溢れて泣き出してしまった。


夕葉はただ抱えて慰めてくれた。





深夜は禁忌を犯した。


本来であればあんな事件がなくっても当主候補を外されるような。


でも私はそれを秘匿することを選んだ。


なのに、深夜はもうここにはいないのだ。


私がもう少ししっかりしていたら、防げたのに。深夜は私より洞察力が優れているし、人の心をつかむのがうまかった。


よっぽど適性があったのに、私のせいでいなくなってしまった。


だからこそ、この座はしっかり守らないと。


たとえ1人の血と二人の涙にぬれて4人のくるしみが染みついた席であっても、私にはこれしかないのだから。

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