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夢見幾夜 京の姫君  作者: 古月 うい
一章 姫君は神とともに
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蝶と花々、少女の死・上

あたしはいつも一人だった。


周りに信頼できる人はいないし、みんなどこか暗かった。


だからあたしにはあそこが息苦しかった。


みんなが嫌いなわけではなかった。


ただ、あたしだけが置いてけぼりだった。


それが苦しかったのだ。





霧雨が倒れてから3年後、新たな当主候補が美夕によって花街から連れてこられた。


美夕(みゆう)、この子が新しい子?」


優しい青い瞳に半出家状態で無残にも髪が腰のあたりで切られている夕葉(ゆうは)に問われてつややかな身長より長い髪をいくつかの紐でくくった美しい動きをする美夕はこくりとうなずいた。


美夕が腕に抱えているのは、まだ小さな赤ん坊。


小さいのにもう美しい子供であるということがわかる容姿をしていた。


「わーあかちゃんだ!かわいいね、深夜(みよ)


天弓はニコニコしていい、深夜も黙ってうなずく。深夜はひとりだけ香色の髪と目をしていてふわふわとしたその髪は膝のあたりまである。天弓は優しい子で、長い髪を一つにくくっている。


「お名前はなんなの?」


夕雷がそう聞く。夕雷は美夕と夕葉の育ての親で一番年上だ。最近白髪が増えているらしい。美夕は少し笑いをこらえるようにして、夕月(ゆうら)と言った。


「わたしたちと一文字同じなのね。」


「よろしくね、夕月」


「あらあら、私はすっかりのけ者ね。」


「霧雨!歩けるの?」


霧雨はこの時期になるとどんどん体調を崩していき、眠っていることが多くなっていた。


そんな状況でも霧雨は授業をすべて受け、そのすべてにおいて優秀な成績をたたき出していた。


「ええ。今日はね。かわいい子ね。」


「夕月。夕方の月で、ゆうらっていうの」


こんな時も深夜は静かに夕月と戯れている。


最近のテストで深夜は天弓よりすこしいい点数をたたき出したが、実技は能力自体は天弓や霧雨より強いものの扱いは天弓に劣った。


霧雨は天弓より圧倒的にできる。年齢を差し引いたとしても。


二人は優秀だったので、早くからそのことに気が付いていた。


それでも天弓は明るくふるまって、そんなことを感じさせなかった。深夜は天弓より賢い子だったが、不満を漏らすことはなかった。


「天弓ー。今日はお父様とお母さまが来られる日でしょう。支度して」


夕葉に怒られて天弓はノロノロと支度をする。


それに深夜はこそこそと耳打ちをして送り出す。


本当にかわいい子たちだ。




「お父様、お母さま、ご機嫌よろしゅうございます」


「まあ天弓さま。覚えてくださっておられたのですね。」


天弓の両親は2,3週間に1度くらい天弓に会いに来る。


天弓以外の当主候補は親がいないも同然なのに天弓だけはいる。


念のため外には美夕が控えている。


「お勉強の方はいかがですか?」


「困ることはありません。霧雨さまにも深夜にも教えあったり協力して解いていったりしております」


天弓の両親はそれを聞いた途端なぜかサッと顔色を変えた。


「天弓さま、あなた様には当主になろうという気迫はないのですか。あの方たちはライバルなのですよ。あなた様が追い落とさなければ」


つかみかかりそうな勢いの天弓の両親にさすがに酷だと美夕は中に入った。


「天弓さま、もうお戻りくださいませ。お勉強のお時間です。」


天弓はうなずいてするりと美夕のもとに。


美夕は一瞬だけ天弓の両親をにらみつけ、その表情はすぐに捨てにこりと笑う。


「申し訳ありません。次回はお知らせくださればもう少しお時間が取れますので」


そう美しい所作で退出する。


「ありがとうございます、美夕」


「いいえ。」



天弓は一度部屋に戻り舞踊の練習着に着替えて道場に向かう。


道場にはすでに深夜と霧雨がいた。当主もようやく歩くか歩かないかぐらいの夕月、付き添いで夕雷、夕葉までいる。


「霧雨!」


天弓は霧雨のもとにかけて行く。天弓は霧雨のことを誰より慕っている。その隣で深夜もにこにこ笑っている。


舞踊は当主となるには必要ない技能なのだが忍耐やまじめさなどを身に着けるために採用された。


「では、用意を開始しますね。」


夕葉が三味線を取り出し、美夕が琴をかき鳴らす。その間に3人はじゃんけんで順番を決めている。


「お決まりになりましたか?」


美夕が声をかけると3人がうなずく。


はじめは深夜、霧雨、天弓で最後に三人の踊り。


深夜は無表情の中の小さな違いで喜怒哀楽を表す、どこか淡々としたハッとするほど美しい踊りをする。霧雨は模範となるような美しい、優しい踊りを。天弓は荒削りなところを長所で覆い隠すが悪いところを毎回確実に克服する。


静かに深夜の踊りが始まる。春を迎えたことへの喜びの舞。少しだけ時期がずれているが深夜がこれがいいと譲らなかったのだ。


無事に終わり霧雨の番になる。


霧雨がすっと一歩踏み出したとき、霧雨が力が入らないように崩れ落ちた。


大きな音が鳴り誰のものかわからない息をのむ声が聞こえる。


初めに動いたのは深夜だった。


霧雨のもとに駆け寄り小さな手を霧雨に沿える。


それを合図にしたかのようにみんなが動き出す。


慌てて霧雨を抱き寄せ反応を見る夕雷。


霧雨はそのまま部屋に連れていかれた。


当主も後に続く。夕葉は夕月を抱えて部屋に戻る。


夕葉の指示で2人も戻ることになったが当然2人で深夜の部屋で作戦会議をする。


「やっぱり気になるよね。」


深夜はうんうんとうなずく。


郁子(いくこ)未子(みこ)に頼んでみよう」


郁子と未子は深夜たちと同い年ぐらいの京家の使用人だ。いずれ2人を補佐することが期待されている。


「郁子、未子。」


「天弓さま、深夜さま。いかがなさいましたか。」


郁子と未子は双子だがあまり似ていない。2人の頼みごとを聞くと一生懸命抵抗したが高度教育を受ける4歳児にかななわず入れ替わった。


「じゃあ、行こう。」





「では、霧雨は…」


「もともとめんえきが弱いから…」


そうひそひそ夕葉たちが話している。


深夜たちはそっと霧雨の部屋に侵入して眠っている霧雨のもとに駆け寄った。


「霧雨、早く元気になってね。」


霧雨は眠ったままだった。


外にはいつの間にか雪がちらついていた。




「二人とも、よくお聞きなさい」


霧雨が倒れてから2週間ほどたったころ、2人は夕雷に呼ばれた。


「霧雨?」


深夜の鋭い指摘に夕雷は驚く。


深夜は最近医者がたくさん霧雨の部屋に出入りしているのを見かけるのでそうかと思ったのだ。


「そう。あなたたちは理解できるだろうから説明するわ」


そうしてゆうらいは伝えてくれた。


霧雨がもともと体調が悪い上に倒れてしまった。もともとそんなに病に対抗できるほど強くはなかった。今回は体がもつかわからない。というようなことを。


「霧雨姉さんは死んでしまうの?」


「霧雨次第、といったところかしら。」


天弓はどんどん顔色が悪くなっていく。深夜は恐ろしいほど表情が変わらない。


「会える?」


天弓はもう涙も浮かべて夕雷に聞く。


「できません。あなたたちを危険にさらすわけにはいかないわ。」


天弓は口をパクパクさせる。


「わかって頂戴。あなたたちを失うわけにはいかないの」


天弓はとうとう泣き出してしまった。深夜が背中に手を添える。


天弓はその手を振り払って立ち上がった。


「深夜は霧雨姉さんが死んでしまうといわれても悲しくなんてないのね。」


深夜は言いかえそうと天弓をにらみつけたが天弓はさっさと部屋を走り出てしまった。


深夜も黙って部屋を出て夕月のもとに向かう。





それ以降、天弓と深夜の仲が治ることはなかった。

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