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夢見幾夜 京の姫君  作者: 古月 うい
一章 姫君は神とともに
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蝶と花々、花瓶の華 下

「ただいま」


京家に深夜(みよ)を連れて帰ると、美夕(みゆう)が小さな女の子二人に囲まれて夕雷(ゆうらい)と出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。」


「その子は?」


夕雷が抱えていたのはまだ深夜とさして変わらないほどの小さな女の子だった。


「ああ、この子は夕雷が連れてこられた、天弓(てんきゅう)。連れてこられたとは言いつつ、両親は京家ですよ」


天弓、古語で虹か。この子には雨が降ることになるのかな。私はこの子に傘をさせるようになりたいな。


「この子は深夜。利風に助けられて連れてきたのよ。」


深夜、天弓、さらに霧雨。この三人で、次期当主候補たちの教育が始まった、とはいっても夕雷以外は子育ての経験もないので実質夕雷が下す指示に従って進めていくことになった。



1年たって霧雨は四歳で下の二人はだんだんと歩くようになってきたころ、事件は起きた。


「ゆうはー」


「はあい。」


下の二人はそろそろ美夕の授業が始まることに決まっている。


彼女たちは子供で、ウロチョロ歩き回ってたくさんはしゃいでじゃれていた。


それと相対するかのように霧雨は教育が始まってからはおとなしくなり、口答えもニコニコ無邪気に笑うこともなくなっていき、座学も実技も所作も呑み込みが早く、いい子だったがそれがとてもつらいことだった。


4歳なんて、まだまだ遊びたい盛りどころか遊ぶのが仕事のころだったのに、私が壊してしまった。


親がいない霧雨と深夜、親がいる天弓。この二つの違いが、賢い霧雨にはどのように映っているんだろうか。


「あら、ようこそいらっしゃいました。天弓さまはこちらです。」


いつもニコニコ笑顔を絶やさない佳人と同じような表情をしている美男。天弓の両親だ。


たまにこうして会いに来ている。


「霧雨様はお元気そうですね。彼女はどのような方なのですか?」


「優秀な、お優しい方です。とても賢く、何においても優秀な方です。天弓様は今ではあちこち歩きまわってこちらの手がいくつあっても足りません。遅れがちな少し小さな深夜さまを引っ張られて、お優しさは右に出る者はおりませんし、優秀ですよ。四歳になれば座学と実技が始まります。」


そう話していると、庭で遊んでいる二人が見えてきた。


深夜と追いかけっこする天弓。


暖かな日さしがそそいで、幸せな絵のような風景だった。




「ねえ美夕、私の教育あっているのかな…」


「どうしたのいきなり」


そう振り返った美夕はやっぱりほれぼれするほど美しい。


燭台に照らされた横顔は傷一つなくきれいで、さらさらと落ちる髪は濃い茶色で何とも言えず美しい。


教育係となったため子供たちの部屋の隣に教育係の部屋が作られた。


夕雷は一日のほとんどを隣の部屋で過ごしている。私たちは与えられた部屋に机と本棚と鏡台、紙に筆などをそれぞれ支給され、それで授業や自身を磨くことに専念することができた。


「私たちは夕雷のように子育て慣れしているわけではないのに、こんなことをしていてもいいのかな」


「今更でしょ」


それはそうなのだけれど。最近むっつりする霧雨を見ていると不安になってくる。


「それに、選んだのは夕葉よ。」


容赦なく言われると、押し黙ってしまう。確かに私はこの子たちの手助けをすると、決めたのだ。


ならば、それをしっかり果たさないと。


美夕のこういうところが好きだ。




寝ようと思ったときに、隣から声が聞こえてきた。


「霧雨、霧雨」


小さな、だけれど確かに切羽詰まった夕雷の声が。


「夕雷、どうしたのよ」


夕雷の腕の中で、霧雨はぐったりとしていた。


部屋は散らばっていて、きれいに敷かれた布団の上に夕雷がいて、腕の中に霧雨がいた。


霧雨はぐったりしていて、反応はなかった。


「霧雨が……反応がないの。どうしよう。わたくしの力も効かないの。どうしよう」


状況を理解して動いた。どうにかしないと。


「夕雷は霧雨についていて。美夕は当主様に連絡する式を飛ばして」


即座に指示して霧雨を見る。


熱はない。意識はもうろうとしている。それらをざっくり見てから当主が医師を連れてきたので美夕と奥に下がった。


不安に駆られ小さくなっている私の隣に美夕がやってきたが、美夕も恐れていることが分かった。



やがて静かになったころ、夕雷に呼ばれたので隣の部屋に行くと下の二人が邪魔だとでも言わんばかりに奥に追いやられていた。


「どうだったのですか?」


「ああ、診断はつかない、と」


どういうことなのだろう。


「知らない病、ということです。」


そんな...


「今日はとりあえず付き添うから、あなたたちはおやすみなさい」


「夕雷、あなた2日寝ていないでしょう。私たちが見ておくから夕雷は休んでいて」


夕雷は渋ったが二人で下がらせた。


「じゃあ、霧雨は霧雨の部屋に早めに移しておいてくださいませ。うつるかもしれないので下の二人から距離をとらせないならないので」


夕雷はふらふらしながら部屋に戻っていった。


下の二人は子守の使用人に任せて歩けない霧雨を抱えて霧雨の部屋に入る。


本来ならこの部屋は霧雨が一人で過ごすおめでたい部屋のはずなのに。


用意だけされていた部屋はどこかこの状況には滑稽なほど子供部屋だった。


美夕はずっとそばに黙っていてくれた。


「美夕も寝たら?美夕、徹夜でしょう」


「いい。わたくしがここを離れたら、夕葉はずっとここにいるでしょう。わたくしはここにいます」


ありがとう、美夕。


こんな状況なのに、外はだんだんと明るくなり、庭の池には光が反射してキラキラと輝いていた。




あれ以来、霧雨は体調が戻ることはなかった。


霧雨はなんだかんだで体調が悪いこととうまく付き合って座学も実技も所作も優秀だった。


下の二人とも仲良く過ごし、それはまるで本当の姉妹のようだった。




三年たち、霧雨は七歳になり天弓たちの教育が始まり、新たに花街から夕月がやってきたころ、事態は急変した。

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