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夢見幾夜 京の姫君  作者: 古月 うい
一章 姫君は神とともに
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蝶と花々、花瓶の華 上

夕葉サイド

あの子たちがこうなってしまったのは、私のせいだ。


私がもっと気を配っていれば、私がもっと心をしっかりして、周りを見ていれば、そうしていれば。


きっと、少なくとも3人が離れるなんていうことにはならなかったのに。




「美夕、おはよう」


眠い目をこすりながら美夕を見かけて声をかけるとあきれで返された。


「もう昼ですよ。さっさとご飯食べに行きますよ。」


さっさと歩いていく美夕に慌ててついていく。


「ご当主様がお呼びだからさっさと行きます」


美夕の一言に驚いて早歩きを早める。


「先に言ってくれてもいいのよ。急がないと。」




「ああ、よく来たな」


当主さまは顔にヴェールをかけた、背が高い女の人だった。


その隣には夕雷が小さな女の子を抱えている。


「遅くなり申し訳ありません。」


よい、と当主さまが笑う。


夕雷が前に進み出て当主さまに小さな女の子を渡す。


「この子は霧雨という。利風が連れてきたのだ。」


利風…彼女が連れてきたのなら実力は折り紙つきになる。


「この子を中心に、京家の次期当主候補を選び、選抜したいと思うのだ。」


「そんな子がいるのですか?」


いる、と当主さまは完結に断言する。


「霧雨は下級貴族の生まれでな。様々な身分の者に兆候がある。人を殺すよりつらいことをさせることになるが、」


さがしてきてはくれまいか。


当主さまが霧雨の手をなでながら言う。


「承知いたしました。そして、わたくしたちをよんだのはそれだけではないのでしょう?」


美夕が言う。


美夕の観察力の高さはまねできないが、理論建てた説明は苦手だ。


言われてみると、勉学においては才を示す私と舞踊が得意で家元の養子となった美夕、そんな二人を実質育てた夕雷をそれだけで呼び出すというのはたしかに違和感だ。


「さすがだな。そうだ。三人には当主候補たちに教育を施す役割を担ってほしいのだ。」


「むりです。第一、若すぎます。第二、適任者はほかにおりますでしょう。」


美夕が必死になっている。


「いや、適任だ。それに、ほかに空いている人がいないのだ。」


ああ、そういうことか。


京家は8割方女性で、30人ちょっとしかいないのでみんな何かしらの任務を持っているのだ。


ちょっと悲しいと思いつつ、教育係という名誉な役目を受け取った。





「利風って、こっちだよね。」


「多分」


二人で利風の部屋と思われるところのまえでもめていると、扉が開いた。


「あら、こんなところで何をなさっていたのですか?夕葉様、美夕様」


中から出てきたのは、利風ではなかった。


利風よりも若くて優しそうな人だ。


「あなたは?」


「ああ、自己紹介がまだでしたね」


彼女は利風とは全く似ていないのに、どこか似たようなにおいがしていて、それを隠そうともしていなかった。


「利風の弟子で、美利といいます。いまは屋敷の管理人として管理管轄を行っています」


彼女にあらかたの説明をして資料を出してもらった。


「利風からはこの家の令嬢が怪しいと。そして京家にはこの間生まれたこの子。すでに調査は終わらせており、かなり強いことがわかっております。」


すごいな…


「では、この二人は夕雷と深夜に任せましょうか。わたくしはわたくしで探しますね。花街にも通手がありますので」


美夕の取り決めにより、二人が向かう手はずになった。




「えーっと、この近くのはずなのだけれど…」


地図は郊外の貴族の屋敷を指しているようだったのだけれど、道に迷ってしまった。


仕方なく近くの宿場に身を寄せて聞き込みをすることになった。


「すみません、この近くに貴族の御屋敷はありますか?」


食堂のおばちゃんんと聞いて真っ先に思いつくような福福とした人に聞いた。


「ああ、蘭家のことかい?ここから歩いて2時間ぐらいだね。お嬢ちゃん、見たところ外の方から来たんだろう?」


なぜ見ただけでわかったのか、そうなのだけれど。


それ以上の会話は深堀されないようにさっさと終わらせた。



部屋に戻る途中、お葬式に出くわした。


真っ青な顔で今にも倒れそうな若い女の人と連れ添う若い男の人。


周りの人は、かわいそうねまだ生まれて3か月たっていないのでしょう、とささやいていた。


悲しみのふちにいる夫婦。その二人を横目に部屋に戻った。




部屋に戻ると、恐ろしいことに利風が私の宿の部屋にいた。


「なんで?」


「あなたさまが最も高難易度なところから連れてこようとなされているからです。あなた様は確実にこの任務を通してお変わりになられます。」


それを見届けます、と言って隣の部屋に入っていった。




「さあ、行きましょうか」


利風はただ黙ってついてくる。


「そういえば、京家の今の管理人は美利なんだね。昨日初めて知ったよ。」


「そうでございますか」


利風は簡潔にしかしゃべらない。


「利風、どうしていつもあなたは冷たいの?」


利風は恐ろしいぐらいに美しい瞳を向けて、感情なく言い放った。


「夕葉様、むしろわたくしたちがあなた様方と仲良くなることがあると本気でお思いでございますか?立場が、身分が、定めが違いすぎまする」


その時、冷や水を浴びせられたというのであろう衝撃が走った。


「まあそれはそうよね。」


それでも私はあなたと友達になりたいと思っているのよ?



「ここだね」


そこは、地方に対する防衛の拠点を兼ねる屋敷として文句ない豪華さだった。


「じゃあ、ここから姫を奪うための作戦を考えましょう。そのまま連れ去るのは不可能でございます。」


ああ、そうか。私はここから姫君を奪うのだ。このしあわせいっぱいの、満ち足りた屋敷から。


「どうしたのでございますか?」


利風が静かなままで聞いてきた。


「ううん、…」


ただ、当主様が仰っていた人を殺すよりつらいことを理解した




「じゃあ、大枠としては見つからないように連れ去るか、混乱に乗じて連れ去るかだね」


「ええ。花街や孤児院以外ではこの手段をとることが多いです。」


花街はお金を積めばいいし、孤児院はそのためにあるのだそうだ。


「じゃあ、どうやってさらうのよ」


「それはあなた様がお考えになるものです。」


利風は冷たいが、確かにやると決めたのは私だ。


やらないとな。




「では、私は内側から探りまするので、夕葉様は外からお探りくださいませ。」


利風はいろいろめぐっているうちにつてがたくさんできるらしく、今回は解雇された近所の工場のもと女性労働者として使用人となるそうだ。


私にはそんなつてはないので外の聞き込みになる。妥当だ。


「わかった。気を付けてね。」




「能力持ちはここの姫君で間違いありません。冬の時期は乾燥しますし、5年に一度ほどは火事が起きます。」


「その隙で連れ去る、と」


計画が順調に進むにつれ、あの親子のことが思い起こされる。


あの悲しみのふちにいた親子と同じことにしてしまうのではないかと、そう思って。


そうは思いつつ、逃げるための情報を収集する。





「あそこの関所を通ってこられたのですか?」


ある日、旅行者が珍しく来たのでルートの確認のために話しかけるとその人は耳を貸せとしてきた。


「関所より、護衛隊の駐屯地を通ると審査が緩いのですよ」


そう教えてもらった。




夜、大きなドンともズンともつかない音がした。


私は部屋の隅にある風呂敷を抱えて窓からお屋敷に向かう。


赤い炎に包まれて背後の人々が慌てているのに、利風は普段の引きずる裾を上にまとめてくくり、静かに立っていた。


「行きましょうか」


利風の案内に沿って奥へと入っていく。


途中の中庭のようなところに差し掛かると、豪華な服を着た人が倒れていて、その周りを同じ服を着た人々がいた。


「あの中に梨花がいるのよ!早く助けて!」


女の人が叫ぶが、周りの人々が止めている。


利風が袖を引っ張るが、私はその女の人のもとにかけよった。


「大丈夫です。あなたのお子さんは、私が、守ります。」


なんとなく、そうしておかなければならないような気がした。


利風についていくと少しもしないうちに赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


中は火の手がまだ回っていなくて、小さな赤ん坊が目いっぱい泣いていた。


「この子です。さあ、早く行きましょう」


手を伸ばして抱きかかえないといけないのに、なぜか私は手が動かなかった。


「早くなさいませ。」


と言われるのに、私は動けなかった。


隣から手が伸びてきて利風が赤ん坊を抱えた。


「行きましょう。いつまでもここにいるわけにはいきません。」




「こっち。」


赤ん坊はいつの間にか泣いていなくて、私が負ぶっていた。


夜は深く、藍色と呼ぶような深青というような色で、月があたりを鈍く照らし、ただ歩く靴音と虫の音が満ちていた。


「さあ、一緒に行こう。深夜。」


私はあなたのこれからの一生を、何年を奪うことになるのだろうか。


それでも、一緒にいよう。あなたがあなたに帰れるまで。

前編です。

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