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夢見幾夜 京の姫君  作者: 古月 うい
一章 姫君は神とともに
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蝶と花々、蝶々

これは深夜の過去編です。


あの花々は、今ではばらばら。


一つの花瓶に入れられた4つの花々。


一つはつぼみが固いうちに枯れた。


一つは花瓶を抜け出した。


咲いたのは、たったの一輪だった。




あの頃を思い出すときにはじめに思い浮かぶのは,おやつを分けてくれた深夜(みよ)の手だ。


あの頃は勉強が嫌でよく深夜のところに逃げ込んでいた。深夜はそんな私を嫌な顔ひとつせず匿ってくれた。


もしかしたら深夜は勉強であまり会えないみんなと違って私と会ることを喜んでいたのかもしれない。


それほど,当時は私たちは勉強漬けでつまらないと思っていた。今では必要だったとわかっているがそれでもやはり、当時はそれが嫌だった。


ああ、懐かしいな。


もう一度みんなに会いたいと、ヴェールを透かした世界で思う。


もう二度と叶うことのないことを、思い続けている。





天弓(てんきゅう)、どうぞ」


深夜がおやつを差し出してきた。


深夜の香色の長い髪がはらはらと落ちる。


深夜はお饅頭を半分にしてこちらに笑顔で差し出してくる。


そのお饅頭は、ひとりで食べるよりおいしくて、深夜はあんまりしゃべらないタイプだったけれど、あったかくて、ふわふわした。


「みーつけた。天弓、それ食べたら部屋に戻りなさいよ。」


夕葉に見つかってしまった。明らかに見える位置にいるというのに深夜は天弓はいないからかえってと夕葉に言う。


「いいよ、深夜」


「よくない。ここでいっしょに勉強する」


夕葉はあきらめたように笑った。


「じゃあ、食べ終わったら机を用意しておいてよ」


夕葉はそう言って戻っていった。


やったねと二人でおまんじゅうを食べて机を出す。


こういう時、夕葉はのんびりと戻ってきてくれると私たちは知っている。教育係の中で一番私たちと年がちかくて、いつも優しかった。




「もうやだー」


夕方になって日が傾いてもう空が橙と藍の真ん中が見えてくるころ、集中力が途切れ、机に突っ伏した。


「じゃあちょっとゆっくりして、そのあとご飯を食べに行きましょうか。」


座学全般を担当していた夕葉は、今思うと教育係としては異例の若さだったのだろう。18という年は、私たちにとっては大人でも。霧雨姉さんはたった3歳しか違わないのに、きれいだったな。


霧雨姉さんのこと思い出したら、霧雨姉さんとの出会いも思い出した。当時私たちは4歳で、夕月が来たからと、一人部屋に移った直後だった。


「あなたたちが新しい候補ね。霧雨です。よろしく」


霧雨はまだ模様しか入っていない白い衣をひっかけただけの姿でいた。


髪は細いし乱れていたし肌もきれいとは言えないしやせっぽちの霧雨はだったけれど、どうしようもなく、美しかった。


「深夜と、申します」


霧雨に見とれていると、隣で深夜が頭を下げた。


慌てて私も頭を下げる。


「天弓、虹です!」


勢いあまって前のめりになってしまった私に、霧雨はフフッと笑う。


「これからよろしくね。」




「霧雨姉さん、ご飯食べに行ける?」


霧雨は弱弱しく起き上がった。


「問題ないわ。そこの上着とってもらえる?」


はーいと上着をとって渡す。


もう美夕も着席しているはずなので、怒られないように2人でせっせと向かう。


「失礼いたします。」


「入りなさい。」


奥から美夕の声が聞こえる。ゆっくりと美しく見えるように入る。


「動きだけは合格しております。もう少し早く動かないと、スローモーションのようになってしまいますよ。」


お気をつけなさいといわれ、小さくなってしまう。


「いただきます」


この場に不似合いなほど平坦な深夜の声。それが確かに場の雰囲気を変えた。


こういうときの深夜は驚くほどに冷たい声を出す。だからこそ、この場にいる。


美夕は私たちの所作や立ち振る舞い、話し方などの先生だ。


厳しい人だったけれど、指摘は的確だったし、いらないことは言わなかった。


私は汁物が好きだったのだけれど、深夜は揚げびたしが好きだったので、通いの美夕がいない朝ごはんでは交換していた。


「天弓、聞いたよ。また深夜のもとに行ったんだって?」


夕雷の鋭い視線に私は思わず目を伏せる。


「まあまあ、私も前よく子供の部屋に行ってたじゃないの。まだ4歳よ。攻めるべきではないわ。」


仲裁に入った霧雨が優しく言う。


「夕雷、夕月(ゆうら)はいいの?」


深夜の質問で空気が変わった。


深夜は淡々としながら私をずーっと守ってくれていた。


「寝ているからね。大丈夫、一人つけてきた。」


夕月は当時0歳で子供の部屋にいた。


「明日は当主様があいているからずっと実技だよ」


夕葉が言う。当主は私たちの実技を担当してくれていたが、何せ当主なので時間がなかなか作れないときもあった。



「じゃあ、明日は早起きしないとね」


「夕月の能力も審査しておかないとね。」


夕雷も言う。もうそろそろ強い能力持ちなら危ないころになってくる。私は扱いはうまいが元の能力はそれほど珍しくもない。



深夜はよくある能力の枠なのにとても強く人の一生を文字通り書き換えることができた。霧雨は本人はあまり能力を言いたがらないので、わからない。



夕食後はみんなで冷たい泉に行き禊をする。


冷たい水を深夜と掛け合って、美夕にそんなことに使わないと注意される。


体は冷たくても、心も思い出もぽかぽかと温かい。


そんな日々が続くのだと、みんなで過ごしていくのだと、そう信じていた。


ヴェールは無情に私を外の世界から阻む。




「当主様、おはようございます」


当主は顔に今のわたしと同じようなヴェールをかぶっていたので、正確な姿はわからなかったけれど、背の高い妖艶な人だった。


「おはよう。では、今日も修行に励みなさい。美夕と天弓、夕葉と深夜、夕雷と美夕で。」


私は早速枕を出して眠る。


その隣で深夜はひたすら(やっこ)さんを作っていた。


「天弓?」


声が聞こえた。普段夢見の能力を使っているときは声が聞こえないはずなのに、と目を開けると目の前に黒の奴さんが飛び込んできた。


「成功」


奥の方で深夜は手をたたいている。


「なに、この奴さん。」


「深夜の術だ。ものに念を込めて対象者に声を伝える。こそこそ練習していたのか?前より数段うまいぞ」


当主が深夜をほめたのは、後にも先にもこのただ一度だった。


気の毒に思ったのか美夕がやってきた。


「声を上げて驚かなかったのは、えらいですよ、天弓殿。」


その慰めは、当主候補としてできて当然のことだったので、素直に喜べなかった。


そのぐらいのことは、私たちはできて当然だった。それがほかの子には難しいのだと知ったのは、当主になってからだった。


「夕雷、夕月連れてきてよ。今日中に調べとこうよ。」


夕葉が言う。夕雷は当主と連れ立って夕月のもとに向かう。


能力は明かすも明かさないも個人の自由とされているので、個室で行う。


たまに利風のように見ただけでわかる人もいるけれど、ほとんどの場合人に明かしはしない。


「深夜、奴さんで何しようとしているの?」


「最終目標は対話。」


深夜はいつも簡潔で、だからこそ美しかった。


奴さんを折りながら、じっとこちらを見つめてくる。


その時、上にふわふわと綿毛のようなものが飛んできた。


一つ手に乗せるとパチンと弾けて煙になる。


「霧雨。出てきなさいよ」


夕葉が声をかけると、霧雨が出てきた。


「ごめんなさい。どこまでできるか試したくって。」


霧雨はにこにこしながらこちらにやってきた。


「今日は元気なんだね」


さすがにね、と霧雨は肩をすくめる。


「久々に外に出たくなったから。それに、天弓が呼んでくれたし。」


霧雨に話を振られ、私は耳まで真っ赤になった。


「天弓は美夕にかけるふりをして霧雨のところに行っていたの?」


言い当てられてますます目を伏せる。


そこに当主が歩いてくる。


「天弓、親が来てるぞ」


私はこれに飛びついてぱたぱたとかけて行く。



「お父さん、お母さん、ひさしぶり」


両親は私を見つけるとにっこりと笑う。


「天弓、勉強は順調か?」


「はい。いつものように、問題はありません。当主様も皆さんも、とてもよくしてくださいます。」


4歳にしてはたっしゃだが、美夕からこういう時はこう言え、というようなテンプレートを覚えこまされていたので、ほぼ思っていないことを答えていた。


「最近霧雨殿の体調が思わしくないと聞いているけれど、お元気?」


「ここ数日はよいようで、今日は(わたくし)たちとともに実技の練習をしました。」


両親はこれからもがんばれと言って去っていった。



「天弓、ずるい」


夕食の席で、深夜に言われた。


「どうして?」


「お父さんもお母さんもいるから」


みんなの表情が変わった。


眼を見開いて、固まっている。


「そう?でもそれが原因で私たちが仲悪くなることはないし、夕雷も美夕も夕葉も当主様もいるし、霧雨も夕月もいる。なのにそんなこと言うの?」


深夜はにっこり笑う。




そんな日々が続くと、信じていたのだ。

続きは夕葉視点でこの話の4年ぐらい前になります


定期テスト期間に入るので次回は3週間後ぐらいです。

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