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夢見幾夜 京の姫君  作者: 古月 うい
三章 永遠の姫君
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新たなあり方、下

「雨ー。早くおいで」


「利音、これ忘れてない?」


いつもと同じ慌ただしい朝。けれど今日はいつもと違う。


利家は存在するが強制力はなくなり、私たちは利家ではなくなった。


私たちの名前だけは変わっていない。


これから雨利と私は旅に出る。


「利風、結局ここに残るんだね」


「うん。もうこれ以外の暮らしは知らないからね。これからは京家に仕えるようにするよ。ごめんね。私はあなたになにもしてあげられないけれど。」


もう利風がどうするかも利風の自由だ。


美利は最後まで利風と共にいるらしい。二人の関係についてなんとなく気がつかないでもないのだが、口に出したことはない。


「じゃあ、またね」


「そうだね。死なないでよ」


その目は雨より私に向けられていた。真剣で、何かを訴えるよう。


けれど、大丈夫。下手なことはしないわ。そうこめてにっこりと笑った。


後ろに下げている武器と楽器が揺れる。


「どこいく?」


「あてのない旅は?案外楽しい」


「いいね」


どうせ雨も私も、有り余るほどの時間があるのだから。


久しぶりに、雲ひとつない青空に踏み出せた気がした。鳥が遠くへ飛んでゆく。あの鳥を追うのもいいかもしれない。




人の頼みを聞いて各地を巡り、お金がなくなれば楽器を弾いたり依頼を請け負ったりして過ごした。


まずい料理に、美味しい料理に笑い合った。雨の水滴を掛け合って遊んだ。喧嘩も仲直りもたくさんした。

沢山の劇を見た。獲物を倒す方法を学びもした。


何度か利家に戻った。


何度目かの時に利風がいなくなっていて、失意の底にあった美利を連れていくつか旅をした。


美利は利風の月命日に魂が消滅し、死んでしまった。


利家の役割は、そのあとは昔のように弱い能力者と中央京家の下っ端の人が担うようになった。


何人かと一緒に旅をすることもあったし、後宮に入ることもあった。


一人で旅するより、よっぽど楽しかった。




「全く。このごろはあんまり体が動かなくて。迷惑かけてごめんね、利音」


私は首を振った。


「雨利を優先する。ゆっくり休みながらにしよう。無理しないで」


雨利は、魂と体の結びつきが弱くなってきた。


わかっていたことだ。雨利の方が、どう足掻いても先に死んでしまう。


けれど、まだ一緒に色々なところに行きたい。沢山の経験をして、笑い合いたい。


「そんな顔をしないの」


雨は笑って言ってくる。


「どんな顔」


少しむすっとして言い返す雨は飛びついてきた。


「こういうの〜」


「わ!」


思わず後ろに下がったが、雨はふっと力が抜けて倒れてきた。


「雨!」


重い。人って、重いのだな。初めて気が付くのがそんなことだった。


「そんな騒がないでよ。」


雨はなんでもないように目を開ける。けれど体はまだ動かない。


確実に、死に向かっている。


「利家に、久々に戻ろうか」


雨は黙って頷いた。




利家に戻っても、雨はどんどん衰弱していった。


「そんな悲しい顔しないの。知ってたのよ。あなたが死ねないことぐらい」


「知っていた?」


さして意外ではなかった。なんとなく想像がついていた。


「盗み聞き。私の力は隠行よ。それぐらい容易いわよ。だからね、一緒にいられるのはあなたにとってのほんのわずかな時間だって、知っていたの」


それでも雨は私の隣にいてくれた。


「きっと私もあなたにとっては通り過ぎる影に過ぎないのだろうけれど。」


そんなことない。私は首を大きく振った。


「絶対、忘れない。雨は、私にとって初めて私を必要としてくれて、寄り添ってくれた人だから。」


人間時代の記憶は遠くなってしまった。


忘れたくないと願ったのは、誰のことだったか。顔も声も、仕草も口調も、もう遠くなってしまった。覚えていたいのに、覚えていられない。


雨は笑った。




雨利が死んで、私はしばらく利家に留まり続けた。


ぼんやりとして、ただ過去の思い出に縋った。もう、私を覚えている人はいなくなってしまった。


「忘れたくないよぉ」


みんなが遠くなる。それだけは嫌だ。


遠くの夕焼けを見に欄干に出た。


結局ここに戻ってきた。


ここから落ちて始まって、落ちて、そして戻ってきた。


「利音、だよね?」


後ろから声が聞こえた。


白い衣を着た十代半ばの女の子。異様に長い髪を引きずっている。


「誰?」


「忘れたのも無理ないかー。そっかー。」


そう言ってくるっと回って髪を体に巻きつけた。


雪子(ゆきこ)。時操の禁忌能力者だよ。元々(あおい)の補佐官をしていた」


あの子か。変わらないな。


雪子は絡まった髪を器用に解く。


「利家の方々が亡くなられたと聞きました。心から哀悼の意を。」


そういえばこの子、世代的には利風とそんなに変わらないのか。


「どうかなさったのですか?」


「いいえー。ただ、昔語りがしたくなっただけ。だあれも覚えていないのだから。」


そりゃあそうだろう。


もうだいぶ前だ。私だって生きていない。


「雪子、一緒にいない?」


私の提案に、雪子はポカンとしてから長い髪を置いていくようにこちらに駆けてきた。


「どうして?ふたりとも死なないから哀れになった?仲間意識?利家がいなくなって寂しくなった?」


当たり前なのだが私より鋭い目をしていて、こちらをじっと見ている。


この子は私よりだいぶ年上なのだ。


「仲良くなりたいと思った。どうせ、覚えていられるのは私たちだけなのだから。」


雪子はじーっとこちらを見つめてから、目を逸らしてくるりと回った。


「部屋を一つ空けておいて」




「まずその髪どうにかしない?」


「利音にだけは言われたくない」


確かに私も相当変な髪型だけれど。


「流石にそれ引き摺るから汚れるよ。これ、利風が持ってたやつ。留めるから座って」


手にした簪は、椿の細工と水晶の連なった紐がついていた。


「椿…」


「どうかした?」


雪子は大人しく座っていて身動きしない。おかげでやりやすい。


「美しいままその姿を地面に落とす花。私、椿好きなんだぁ。」


髪をまとめて、用意は終わった。


「利音、服も変だよね」


「これがもう馴染んでる。」


雪子のは全体的に引き摺りそう。


「さあ、行こうか」


今度こそ、自由に生きられるかな。


絶望はしたくない。でも後悔はしたくない。長い長い時を持つ私たちは、もうこうして生きていくしかない。


私たちはもう、誰からも理解されない。覚えていてもらえない。


それでも、こうして生きていくしかないのだ。




「利家を覚えていたい?」


「方法ない?先輩」


雪子は先輩って呼ばないでと言いつつ、いくつか案を出してくれた。


「確率は低いけれど、本にして名作にして古典にする。」


それは、考えなかったわけではないけれど…


「脚本にする」


私が覚えていたいのになんで他の人に伝えるのか。


「琵琶法師の題材にする」


「琵琶法師は、盲目の…」


そこらへんで物乞いしている人たちだ。


「琵琶法師は立派だよー。その身一つで暮らしているのだもの。私たちも身につけておいて損はないよ。題材にすれば語るから覚えられるし、人の記憶にも残る。そうやってできた歴史書が京家にあるよ」


それは初耳。


にやにやしながら雪子を眺めていると顔を逸らされた。


「見ないで…」


「ごめんごめん。雪子って、先輩なんだね」


私よりずーっと先輩。ずーっと、一人で生きてきたのだ。


「いきなり!?」


雪子は不思議な子だ。まあ長いこと生きていればこうもなるか。


いつか、雪子を理解してあげられるようになれたらいいな。



「初めまして。不死の人々。わたくし…」



私たちが彼女たちに声をかけられるのは、また別のもう少し先の話。

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