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夢見幾夜 京の姫君  作者: 古月 うい
三章 永遠の姫君
35/36

新たなあり方、上

私は、どうでもよかった。


死ねないと知ってから何もかも投げやりになって、何もしなくなった。


それが悪いことだったと気づくことができるようになるのは、やはりそれが過ぎて暫くしてからだった。




「ただいま。」


久しぶりの利家だ。確か、三十年ぶり。


雨に濡れて見上げた家は、何も変わっていなかった。


「利音!久しぶりね。元気にしていた?姿が変わったのね。」


美利がすぐに手を止めて駆け寄ってくる。


「元気。ほら、雨。」


私は扉の影に隠れていた雨の手を引いた。


「雨利もいるの?久々に全員揃うのね。」


「利風もいるの。」


そんな話をして、久々に部屋に戻った。


埃は自然に被っていたが、三十年放置されたとはみえないほど綺麗だった。


屋根から水が落ちる音がする。屋根に雨が当たる音が規則正しいように聞こえる。


「利音」


静かな声だ。まるで雨の雫が落ちるような。その場に波紋を残すような。


「どうした?」


「覚えているよね、私が言ったこと。」


もちろん。


「いきなり突っかかっても何も出ない。むしろ不利。なら、全員が揃うときを狙う。」


その方が確実だ。


「雨は、どうして逃げたの?」


ふと気になって尋ねてみた。雨は暫く黙ってから、くるりと背を向けた。


「あなたの力なら見れるでしょう」


雨利…どこか変わってしまった。




雨はもう一週間降り続いている。


たまに止んで日が照っているのでそこまでではないが、ほとんどの時間は曇り空だ。


「久しぶりに揃ったっていうのに、この天気では気分が乗らないわね」


「雨は仕方ないよ。雨神もおられることだし」


私たちは利家になった時に今までのいわゆる泉神信仰を捨てる。


完全に捨てるのではなく、その原型となった古代信仰を選ぶのだ。八百万の神々がいるとされる古代信仰を。


「今日、利風が来るから食事の用意お願いできるかしら?二人で。」


美利に言われて、二人で台所に向かう。


台所といっても土間と保管庫なので結構距離はある。


燃える火は綺麗。ぱちぱちと音が鳴り、生き物のよう。


「今日よ。わかっているね。」


「もちろん」


ねえ雨。あなたは救いがあるじゃない。何が不満なの?




「久しぶりだね、利音。また大きくなったかい?」


「人が変わった。」


利風は相変わらず小さな女の子の姿だった。


「全く、連れないねえ。」


「利風は、いつまでここにいるの?」


ああ、と利風は一度箸を置いた。


「もう外回りはやらないことにしたんだよ」


三人とも衝撃で一瞬どころか五秒ぐらい固まった。


「なぜ?」


「馬鹿らしくなったんだよ。京のためにってのが。」


何かが、崩れている。


利家の、根幹を揺るがす何かが。


「いいの?それで。」


「もう決めたんだ。今更だ」




それから、利風は本当に外回りをやめた。


「どうしてよ」


「知らない」


知りようがない。私には。


雨利は混乱しているようだったけれどとりあえず落ち着いた。


「さ、当主に会いに行こうか」


当主はまだ葵だ。今六十のはずだが、まだ若々しい。


そして後継者も決めていないということは、暫くは死なない。


「利音というの。昔、同じ名前の利家がいたわ。なつかしいこと。こちらの書類、よろしくね」


差し出してきたのはあの頃と変わらない姿の雪子。


「かしこまりました」


雪子は笑ったまま、こちらをじっと見つめていた。




「雪子、何者なの」


「あれ、利音知らなかったの。禁忌能力者よ。」


そこは知っている。


「なぜ姿が変わっていないの」


美利は、一枚の書類を出してきた。


「あの子は、時操りの能力者よ」




「利風の記憶を見る」


「え、本当にやるの」


提案してきた雨が驚き止めるというおおよそあり得ないことを通り抜けて、利風の部屋に忍び込んで瞼の上から目に手を当てる。


そうすることで相手の意識空間に私を飛ばし、記憶を読める。


利風の記憶は何せ膨大な量があったが、一番古い記憶を探した。




「〜風さま、危ないですよ」


まだ幼い利風。本来の姿はこれなのだな。


かわいらしいよりも、厳しそうな


「黙れ」


冷たい刺刺した声。その声が発された途端、声をかけた人は何も喋れなくなった。


利風の、命令の能力。



「旦那様!お嬢様が一言命令するだけでなんでも思い通りになってしまいます。どうか、お納めください」


使用人が訴えるのを聞いていた利風は、静かにその場をさる。


「〜風、もう二度と命令するな」


「なぜですか?父上。わたくしたちにとってはひつようなことでございます」


利風は理解せず力を使う。



困り果てていた頃、京家の人が迎えにきた。


「その者は姫として迎える」


京の姫として扱われ、当主補佐官となり、結婚こそしなかったが幸せに過ごす。


たくさんの教え子の成長する姿を楽しみ、歳月は流れゆき、利風は歳をとる。


沢山の人と関わり、成長させ、送り出す。そんな暮らしに満足していた。



やがて天寿をまっとうしたと言っていい歳のころ、崖から足を滑らせて死んでしまう。


後悔のない死なんてない。


利風は教え子の行く末をもっとみたいと思っていたが、言ってしまえば未練はそれぐらいの平凡なものだった。


幸か不幸か、利風の願いは叶えられ、利家にて不死の体を手に入れる。


利家として京家のために尽くせと言われ、反発しつつも当時の利家の人々に呑まれてゆく。


「利風は利家の模様何になったのかしら?」


そう優しく笑う、どの姿でもはかなげな印象の利夜(りや)


「松だよ」


「話してないでさっさと手を動かしなさい。」


後ろから斎利(さいり)が注意してくる。


二人でくすくす笑って作業を再開する。


冬でも決して葉を落とさない、松。


誰かを”待つ”ことになるとは利風は予想もしていなかった。



長い時が経ち、利風の世代の人たちは次々と魂が消滅する。


利家なら死なないと思っていた利風は、利家の人たちが手元からこぼれて、落ちていくことがとても怖かったし、信じられなかった。


優しい利夜。厳しい斎利。当主だった利嶺(りれい)


みんないなくなる。


利風は利家の当主となる。


長い間一人で過ごし、利家に関する書類や伝承をまとめていく。


やがて一つの”事実”を見つけ出した。


「誰がこんなことを考えたの」


『利家は、姫君の中で何も影響を与えられなかった人物にのみ与えられる称号である。』


それは利家のほんの一部に過ぎず、”真実”ではなかった。


利風はそれに気が付けないまま、時は過ぎる。


利風はだんだん絶望していく。


救いが現れるのは、案外すぐだった。



美利が京家にやってきた。


今とは違う幼い姿で緩いくせ毛が波打っていて優しそうな子だった。


かわいく、利風の次の姫君だった美利は次期当主に内定していた。


当主になれば、利家にはならない。


利風はひとりで美利を見守ることにした。


分身のように感じ、かわいがり、見守り。美利は利風の希望だった。


死ねなかった自分の分までまっとうに生きて死んでほしかった。利風はそのためなら手助けを惜しまなかった。


けれど美利はやってくる。




私はそっと利風から手を外した。


「疲れた」


それだけ言って、部屋に戻った。


あれ以上見るのはためらわれた。今の関係の裏を知ることはしたくないもの。


「なければいいとは思えない」


利家がなければ利風とも美利とも雨利とも会うことはなかった。


利家をひどいとは思えない。利家にはたくさんもらったし、救われた。もう利家を恨むことなんてできない。


私は、どうすればいいのだろう。


雨利が大切。雨の誓いを守りたい。けれど…



利風に希望を告げたのは、そう日が経たないころだった。


「あなたたちの訴えはよくわかりました。」


利風は笑っていた。


晴れやかで、でも少しの後悔が混ざった笑顔だった。


外では米にあつまっていた鳥が魚に驚いて一斉に飛び立った。

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