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夢見幾夜 京の姫君  作者: 古月 うい
三章 永遠の姫君
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新たな呪い

いつたって、みんなが頑張って道を切り開いていた。


それができるのが京家だと、誇りを持ってさえいた。


それなのにその実態を知らされて、ただそれに従うしかなくなった。




十年がたち、(あおい)は当主としての手腕を発揮し、(あんず)は京家の織物染め物を銘柄にすべく奔走しているらしい。


中央でも菫が頑張っている。


私たちは何も変わらず過ごしている。


「髪洗おっか」


「行く」


髪を洗うのは週に2回ほど。近くの川に行って流すのだ。


「これ括るのが面倒」


私の髪型は角髪にお団子だ。角髪は紙で固定しているので、再び括るのは結構大変だ。


「私に言う?それ。」


雨利(あめり)は髪を束にして緩く後ろに回して輪っかにして、それをさらに輪っかにしている。


特徴的な髪なのは、利家ということをわかりやすくするためと、同一人物だと見分けるため。


これでも下ろすと身長ほどある。それを川の水につける。


「この時期は気持ちいいのだけれどね…」


「あと二月ほどで寒くなる」


二人で水を掛け合いながら、その日は髪洗いだけで終わった。いつものことだ。なかなか乾かない。その間に二人で書物を読む。


新しい本にもついていかないと。



「新たな補佐官ができたよ。」


「今更?誰?」


美利が差し出した書類は、白かった。


「白衣の雪子。」




「もうそろそろ京家の人数が増えてきたんだね。」


利風が机に置いた書類は、今年度の中央の人員の増減だ。


「そもそも毎年5、6人とってるから仕方ないことではある。」


それでも流石に人数が増えてきた。私が生きてきた頃はまだ四十人少々だったのに。


二十年は、大きいな。


私の外見は変わらないのに。


「そこで、人員削減のための案をいくつか提示するんだけど、どれがいいか」


差し出された資料は、すでに施行から結果までが組み立てられた書類だった。


「こんなに。」


「京家が道を踏み外しそうなら、戻すのが利家だからね」


現実的な案しか残っていない。私はその中の一つに手を伸ばした。


「これですかね。」


「確かにこれなら今の格差もなくなるわ。」


そうして、一つの案に決まった。利家は人が少ないからこういう時は楽だ。


「そうだ利音。」


初めて利風に個人的に声をかけられて、飛び上がった。


「そんなに驚くなんて、傷つくな。中央の市井の方には行ったことある?」


そういえば、ないかも。巡りの巫女をしていたのに。


「行かない?」


そうして、利風と二人で中央へ向かうことになった。




「わあ」


人が多い。こんなにたくさんの人、初めて見た。


上には提灯が下がっていてこれが夜ならさぞ綺麗だろうと思わせられる。池には鯉が泳ぎ、豆腐や魚売りが行き交っている。


屋台も数多くて、焼き物や煮物、蕎麦、お菓子などが売られている。店も所狭しと並び、中には趣味良い灯籠と下衆な灯籠が混じっていたりした。


「すごいだろ」


「利風。初めて」


絵姿が動いたよりも賑やか。こんなに人がいるなんて。


「一度戻って夜にまた出直そう。本来の目的があるからね」


そうしてさっさと仕事を終わらせ、日が落ちる少し前にまた繰り出した。




「夜は一段と綺麗だね」


提灯には灯りが灯され、妓楼も遊郭もキラキラと輝く。


食堂も人で賑わう。


「この体、お酒飲める?」


「んー。私が飲めないから飲まないで」


つまり飲めはするらしい。


「こっちだよ」


利風が小さな手で握って奥へするする引きづりこむ。


「なぜ、そこまで京家に尽くすの」


一生のすべてを京家にささげている。なぜそこまでして…


「あなたとおなじだよ」


おなじ…


どういうことだろう。利風はそれ以上しゃべらずに店の中に入った。


「さあ、服を選んで」


「服?」


利家の服はあるからいらないと思うのに…


「これから外回りもさせて行こうと思っているから、それ用のだよ。」


悩んだ末に袖がいつもの袖より袖口が小さなものと雨合羽のようなものを買った。


「ありがとう」


「いいよ。それぐらい」



そのあとしばらくして中央京家に入る試験は合格点を満たせば合格できるようになった。


逆に言えば、点数を満たさなければ誰も合格しない。それが解決策だった。


それが利風が提案した、京家の力を削ぐ方法だった。


それは見事な効果を発揮した。みるみるうちに京家の質は上がり、人数は減った。


けれどそれは葵が考えたことだと公表された。


「どうしてそうなる」


「これ。そんなこと言わないの。利家は京家に尽くせればそれでいいのよ。」


そんなことない。けれど、もう反論すらしたくない。


今に疑問を抱いたら、どこへも進めなくなってしまう。



「利家は、京家を操っている?」


利風は表情を崩さない。


「人聞きが悪いね。道を外れそうになっていたから正しただけだよ」


それは…


「理想の主人を偶像化しているだけ」


「それがどうしたというの。すべて、京家のために」


害意、悪意、後悔、迷い、そんなものがすべてなかった。ただ、仕えているだけ。


「そう…」




「旅に出たい」


美利にそう告げたのは、ほとんど気まぐれだった。


「旅じゃなくて外回りと言いなさい。いいわよ」


驚くほどあっさりと許可されて、旅立ちが決まった。



「戻ってくるのよね?」


雨利にそう聞かれたが、私はただうつむいた。戻ってくるかわからない。少なくとも、すぐではないだろう。


「そう…」


私が返事をしないことに何かを察したらしく、おとなしく引っ込んでいった。



あの欄干から外を見つめる。


すべてはここから始まった。この美しい景色が、私をこちら側に引きずり込んだ。


風を感じていると、後ろに人の気配がした。


まったく音がなかった。


そして、そのまま背中を押される。


ふわりとした浮遊感。これを感じるのは二回目だ。衣が風を受けてばさばさとなる。


『利家も、この体で事故とかで死ぬと魂が消滅するんだよ』


いつかの利風の言葉が頭をよぎった。


私も、これで死ねる…?



「起きた!」


目を開けると雨利がいた。見慣れた天井。


どうして……


「ああ、起きたんだね。すこし、二人にしてくれるかい?」


部屋に利風と二人きりになる。


「私のてちがいで、君はいつまでも死ねない体になってしまっていたのだ」


それは、…


「わたしは、しねるの?」


利風は黙って首を振った。


「旅に出たいと言っていたね。許可するよ」


利風は出て行って、ひとり部屋に取り残された。



「二か月も一緒にいられるなんて」


出発は冬が明けた後になり、しばらくはここで過ごすことになった。


「別に。」


二人で作業していると、使用人たちと連絡を取っていた美利が中に入ってきた。


雛莉(ひなり)さまが、亡くなられたらしいわ」



本当だった。雛莉は死んで、もうあの世代で生きている人はいなくなった。


「どうして…」


話したいと言ってくれた雛莉。笑った雛莉。


自然と、涙がこぼれてきた。雪を濡らし、跡形もなくなる。


もう一度、会いたい。あの日々に帰りたい。帰ってすべてをやり直したい。


「あなたは、優しいのね」


「優しい?」


後ろには雨利が立っていた。その顔は、なんの感情も浮かんでいない。


目に少し力を入れる。


雨利が考えていることが流れ込んでくる。


『私は泣けなかった。どれだけ悲しくても、それだけの存在だった』


「人のために泣くことができるなんて、優しいわね」


雨利は心で泣いている。


歳月に取り残された私たちにとって、ほかの人はただ通り過ぎる陰に過ぎなくなって。


誰からも寄り添われず、理解されないまま生きていくしかない。


でも雨利。あなたはまだ幸せだよ。


あなたは遠い未来に”死”があるもの。


たとえそれが気が遠くなるほど後のことであったとしても、死ねるもの。私は……永遠を生き続けるしかないけれど。


「出発は、予定通りだよ」




雪が解けたころ、私は旅に出た。


雨利がいつまでも見送っていた。


ごめんなさい。あなたに寄り添うことはできないの。


でも願っている。あなたが幸せであることを。

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