救い
「気味の悪い目だこと」
お母さまにそう忌々しく告げられた時、わたしはどこか壊れてしまった。
その穴を埋めるものが欲しくて探していたけれど、どこにも救いはなかった。
「宵、鈴さまに会いたいのだけれどできる?」
宵は確認すると言って奥に引っ込んでいった。
「鈴さま、雛莉がお会いしたいと」
中には鈴と月草がいて、外のやりとりを聞いていたようだ。
「いやだ」
一刀両断された。
「なぜだ?」
「さあね。この会話も聞こえているのでしょう?宵はさっさと行ったほうがいいわ」
代わりに月草が答えて御簾の外に追いやられた。
御簾の内の人たちの考えはわからない。
「いやだとよ」
「そっか」
雛莉は驚くほどすんなり引き下がった。
「なぜ会いたいんだ?」
「お互いがお互いの支えになれるかもしれないと思いまして。」
支え?
「私たちのような高位な能力者は、その分周りに対等でいれる人が少ないので」
鈴もそうではないかということか。
「まあ、頑張れ」
雛莉は笑って去っていった。
「会えばいいのに」
「多分今、雛莉の気持ちを一番理解できるのは私。でも、私は声をかけるわけにはいかない。これは雛莉が解決すべきこと。」
頑張って、雛莉。
月草の異父妹。
「手厳しいのね」
月草は一度笑って、また作業を始めた。
きっと私が手助けしない方がいい。
私はいるだけ邪魔だ。いない方が人間関係は、きっとこの姉妹たちは上手くいくのに。
なぜ私はここにいるのだろう?
なぜ私は“姫君”なのだろう?
「宵、雛莉はどこ」
「鈴さま?」
今、京家で面の着用を義務付けられているのは私ひとり、推奨されているのは雛莉。
だから直接会ったことがなくても宵はわかったみたいだ。
「見に行きたい。案内して」
宵はにっこりと笑って歩き出した。
雛莉はただ一人で座っていた。
面はどちらかというと黄色よりで落ち着いた色だった。私の黒とは大違い。今度はそんな明るい色にしてみようかな。
「帰る」
「もうか。」
宵はさっさと立ち位置に戻っていった。
そのあとで私だけ残って雛莉を見つめる。
「ごめんなさい、」
私があなたのお姉さんを奪ってしまった。
私さえいなければ、月草と雛莉はもっと一緒に過ごせていたかもしれないのに。
私さえいなければ、そうなら、みんなの関係はもっと違ったものになっていたのに。
帰るとき、ひととぶつかって面が取れた。
顔を上げるとその人と目が合った。
「ごめんなさいね」
『何なの目の色。気味が悪い』
ああ、気持ち悪い。
「ありがとうございます。」
「いいのよ」
『さっさと立ち去ってよ』
私はひたすら走った。
走って走って走って…
山頂についた。
夕日に照らされて暖かくて、どうしようもなく涙があふれた。
もう嫌だ。私はただ過ごしていたかっただけなの。
おねがいだれか私を思って。
受け止めるもののない叫び声は、夕焼けの山にこだますことなく飲み込まれていった。
京家の屋敷は崖に沿って建っていて、欄干の下は谷になっている。
谷底には深い闇が広がっていて、とても恐ろしいけれどとても美しい。
そこに向かって手を伸ばした。
バラバラと髪が落ちる。
そうしていると少しは心が洗われるような心地がした。
悲しんだ雛莉、笑った月草、忌まわしいこの目、お母さまの目、人々の”声”、”声”、”声”。
いっそ私ごと私を消してしまえたらいいのに。
そしたらきっとみんな平和で、お母さまだって、子どもを奪われずに済んだかもしれない。
そう考えて、ふと思い至った。
私は死にたいんだ。死んでしまいたいんだ。
だからこんな、自殺の模擬みたいなことをして、ここちいいんだ。
死んだ方がみんなしあわせ。
後ろから床を踏みしめこっちにやってくる音がした。
誰かがやってくる。
はっとして慌てて起き上がって後は振り向くだけになったとき、後ろから押された。
いきなりで咄嗟に何も掴めずに谷底へ落ちていく。
衣がばさばさ音を立てる。
これで、もうみんな悲しまずに済むよね。
さよなら。
「久しぶりね、宵」
「そうか?」
宵は盃を傾ける。
中に入っているのはお茶だが。
「こうして訪ねてくるの、鈴がいる間では初めてではない?」
宵は目を見開いた。
「なんで」
「馬鹿にしているの?これでも中央京家の第3官よ。」
まったく。すこーし年上だからって偉そうに。
「今日、鈴が雛莉を見に行きたいと言い出した。」
「あら」
あんなに突き放すようなことを言っておいて。
「どうだった?」
「さあな」
宵は盃を置く。
「月を肴に飲むのもいいな」
「お茶よ?」
でも、あんまり安心しない方がいいかもしれない。
「鈴、最近悩んでいるようだから、気を付けないと。」
「”姫君”がそんなことするか?」
「わからないわよ」
常に正しく、強く力を制御する姫君。
けれどそれもまた姫君の一面に過ぎない。姫君だってひとだ。感情はあるし悩むことも絶望することもある。
それに気づいてやるのが、周りにいる私たちだ。
「ずいぶん鈴をかってるな。」
「当たり前じゃない。”姫君”だし何より…」
あの瞳は美しかったがいつまで経っても絶望を宿して空っぽだったから。




