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夢見幾夜 京の姫君  作者: 古月 うい
二章 姫君は家族を求める
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大輪の花

ああ、大切なものはどこかしら。


あそこにあるのかしら。どこにいけば見られるのかしら。


昔は確かに手元にあったのに、いつのまにか霞んで見えなくなってしまった。


大切なもの守るためだったのに、いつしかそれが目的に変わってしまった。


私は今もなくしてしまった大切なものを探している。





「お呼びでしょうか」


夜見妃(よみきさき)はにこにこと笑って書状を差し出した。


「京家からの伝令だ。」


思わず身構えてしまう。


「必要な申請はもうしておいたから問題ない。宮を移れ。」


「どこへ、でございましょう。」


夜見妃は笑った。


「皇后宮、水宮(みずのみや)


思い出した。もともと”夜見”はこんな風に笑う人なんだ。


いつしか変わってしまったけれど。



「雛莉、あなたはこっちよ」


いままで一緒に育ってきた夜見がお母さまに連れていかれて、私は別の人に連れていかれる。


「何度言ったらわかるの!夜見さまはあなたと身分が違うの!」


京家では私の方が”後継者”で身分が高いのに。


夜見は、衣こそもっていたが模様は持っていなかった。そのせいで陰口を言われることも多かった。


お母さまは夜見のお母さまになってしまった。


夜見はどんどん笑わなくなって、しばらくするとまた笑うようになったが、そのころには決定的に違ってしまった。


「雛莉、どうか離れて行かないで」


けれど夜見は妃になった。


私は全く自覚はなかったが乳母子だったらしく、夜見はついてきてくれといった。



皇后さまのおられる水宮(みずのみや)に入ると、その涼しさに驚いた。


この季節、特に暑いわけではない。けれど中は驚くほどひんやりしていた。



「あなたが噂の面の侍女ね」


「侍女ではありません。乳母子です」


すこし立場がややこしいのでしっかりと訂正しておく。


「似ているとは聞いていたけれど…」


「いかがなさいましたか」


皇后さまは笑った。完璧なまでの微笑みだ。


「なに、あなたと少し話してみたいと思いましてね」


この方が、華の方を傀儡にしているのか。


「面を外すことはできないのかしら?」


私は少し口籠った。


別に外せないという訳ではないが、目が目だ。不用意に外すべきではないという認識がある。


「別にいいわよ。」


そうして皇后さまは侍女を下がらせた。


「あなたは、大切なものはあるかしら?」


大切なもの…


夜見妃や、お母さま、小夜さま、それにここにある衣。


「あります」


皇后さまは眩しそうに目を細めた。


「羨ましいわ…」


そうして降りてきて私の頬を撫でる。


「ずっとそのままでいるなんて不可能でしょうけれど、それを大切にしなさい」


今、皇后さまは三十代。それなりに修羅場は潜ったのだろう。


「京家はどうかしら?中央の当主の、ええと」


「七里さまですか?お元気ですよ。」


当主はどちらもあのお二人からは変わってしまった。私たちは新しい世代を歩むことになる。


「あなたは中央ではなくて京家よね。姫君は、いる?」


“姫君”その言葉にさっと身を固くして後ろに下がる。


「ごめんなさい。警戒しなくても大丈夫よ。ただ昔、約束したの。姫君、姫巫女について調べると。その約束を果たしたいの」


それがどこまで本当かわからない。


「誰が姫君かは、たとえ親しい人であっても知らないので」


そう、秘匿された存在、姫君。


「華の方は、どのような方なのですか?」


こちからからも聞かないとなんだか損したような気分になってしまう。


「そうね、意気地なし、かしら。」


うふふ、と笑う皇后さま。


「懐かしいわ。まだ東宮であられた頃、一度だけお会いしたの。美しい方ではあったわ。政治に自信がないから相談役になってくれって、私を今の地位まで押し上げたわ。」


なぜだろう、この人は本当に楽しがっている。汚れている、後宮に汚れているのになぜ。


「守りたかった。ただあのまま過ごしていたかったの、わたくしは。」


ただ、変わらないことを望んだだけ。


「京の妃は随分良い方らしいわね。こちらまで噂が届いたわ。なんでも、風宮の人たちを改心させたとか。」


その手柄すら夜見妃のものになるのなら、やる意味はあったのだろうか。


何もかも私のところに残らないのに。


「ここに汚れてはいけないわよ、雛莉」


去り際、皇后さまが教えてくれた。


「わたくしのようになりたくなければ」


ただ過去の思い出に浸りながら日々を生きるしかない、そんな人になりたくなければ。



「大輪の花に生まれたからには、大輪の花をつけるしかない…」


遠くでそこらじゅうにいる鳩に見えない鳩が飛んでいた。


きっと皇后さまも夜見妃も、大輪の花にならざるおえなかったのだ。


大輪の花になれと言われたとしても言われなかったとしても、きっとここにいるからにはそうならざるおえないのだろう。


ふと衝動に駆られて谷底に手を伸ばした。


谷底とはいっても道と宮と木の関係でくらく見えるだけだが。


宮から体を乗り出したので、髪がばらばらと落ちてお面が外れそうだ。


ふと、息苦しさに気が付いた。


息苦しい、息苦しい。はやくここから逃れてしまいたい。


離れたくない。ずっと夜見と一緒にいたい。


そんな矛盾する思いは両立するのだと初めて知った。


でも、と思う。


ずっと一緒にいることなんて不可能なのだから、それならいっそ離れてしまいたいとも思う。


手に入らないものの側にいるのは疲れた。


たとえどれだけ夜見が私を頼りにして甘えていたとしても。




「どうして、ここが不満か?」


案の定夜見妃(よみきさき)からは止められたがあえて離れてみることにした。


「いつまでもわたくしはここにいることはできません。ならば、自由に行動できるうちにやりたいことをりたいのです。」


私は、ここにいるべきではない。きっと邪魔になる。


この力だって、露見すれば人が否応なしによって来る。


なら、さっさと離れてしまった方がいい。


「そう…面は、もう外してもいいのだな」


私は翠に染まった瞳を細めて笑った。



去るとき、目を光らせて宮を見つめると栄える明るい風景が見えた。


これでよかったのかはわからない。


けれどこれ以降、”鈴”は夜見と会うことはなかった。

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